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真夏の甘美

シリーズ「思い出の味」 第12回

真夏の甘美

今も思い出す、懐かしい味と、かけがえのない時間の記憶

一龍斎 貞奈

執筆者

一龍斎 貞奈

執筆者プロフィール

刺身と梅干しと講談と私

 ありがたいことに、師匠・貞心や先輩方、お客様のおかげで、「講談」の世界に入って10年目を迎えることができた。この世界に入って一番つらかったことは、赤穂浪士の名前を暗記すること、ではなく、「嫌いなものを普通の顔をして食べなければいけない」ことだった。

 いただいた差し入れや、先輩やお客様に連れて行っていただいたお店で出される食事。残してはいけないし、喫茶店で出された水でさえ先輩方より先に口を付けてはいけない。また、早く食べ終わりすぎても遅すぎてもいけない。会話をしながら先生たちの食事ペースを考慮し、さらに自分の食べる速度と腹の具合を瞬時に考えて食べ進めなければいけない……。

 温室育ち?の私には、つらい……ぴえん!!

 そんな中で、年間で最も嫌いな行事は、年末の寄合だった。2025年4月に惜しまれながらも閉店してしまった両國さんでの、年末の会食。コロナ前まで毎年11月末に行われており、協会の先生が一堂に会する忘年会だ。

 両國さんは、明治10年創業の木造建て。戦後間もない頃から、真打しか出ることができない講談会を毎月21日に開催してくださっていたお店で、美味しい「鰻のフルコース」を堪能できるのは、二ツ目以上の先輩だけ。

 前座は、1階と2階の階段を行き来して食事を運んだり、お酒の注文を聞いて回ったりしなければならない。その間に出される料理を一瞬で腹に収めていくのだが、席なんかなく、荷物が山積みの階段上の狭いスペースで入れ替わり立ち替わりに食べる。今の時代なら、コンプライアンス違反案件かもしれぬ。

 実は私、刺身が食べられない……。魚は愛でるものであって、食すものではない! ましてや、生なんて無理!! 絶対無理!!! 吐いちゃう!!!! 宗教的なものでも、ベジタリアンなわけでもなく、ただの偏食家なだけなのだが……。

 さらに困ったことに、漬物も出る。「浅漬けなら、いいでしょう?」と言う人がいるが、そういう問題ではない。嫌いなものは嫌いなのだ。吐いちゃう! ちなみに、梅干しは本当に無理だ。すみません、どうか梅干しを私に差し入れるのをやめてください。この場を借りてお願いします!(泣)

 こんな時はいつも、田辺凌天姉さんが助けてくれた。毎回、私の食べられないものをこっそり食べてくれた。Thank goodness! だから一生、何があっても姉さんに足を向けて寝られない。

 そんな思い出しかない忘年会だけど、なくなってしまうと、それはそれで寂しい。