栗と私

「マクラになるかも知れない話」 第二回

マロンなんて呼ぶなよ。あいつは栗だ

 栗の食べ方は、茹で一択。それしか知らなかった。それで良かった。

 大量の栗を全部ひと息に茹で上げて、アチアチ言いながら殻をむいて食べる。半分に割って片方ずつスプーンでこそいで食べてよいのは、小学校低学年までだ。ほったらかしの木になったものなので、ちゃんと売り物になっている栗ほど甘くない。

 この甘いと言うほど甘くもない、素朴な味が好きだった。僕と栗とは、そういう仲だった。

 中学に上がる頃だろうか、だんだん部活だなんだと忙しくなってきて、栗拾いには行かなくなった。たまに祖母が拾ってきてくれて、茹で上げたものを食べたりはしていた。

 そんなときだ。こんな噂を聞いた。

 「栗がモテているらしい」

 理由はよくわからない。若者たちの間で、特に女性の間で栗がブームになっていると言うのだ。「なんちゃらむいちゃいました」みたいな新商品が出て話題になったとかなんとか。

 僕は「あいつが? はは、何かの間違いだろう」と気にもとめなかった。あいつは、シャイな奴さ。

 高校に上がる頃には、「栗がモテている」という噂になっていた。いや、もう噂の域を出ていた。いつの間にかあいつは「マロン」なんて洒落たあだ名で呼ばれるようになっていた。

 まだ暑さが残るうちから、新発売のマロングラッセ、モンブラン、と大人気で、本人もその茶色く艶めいた顔から「俺抜きで秋の味覚を語ってくれるなよ」という自信のようなものをのぞかせていた。

 僕はなんだか、友達が遠くに行ってしまったような気持ちになっていた。

 しかし、こういうブームもそう長続きするものではないだろう。そのくらいに思い直して、でもなんとなく秋のコンビニのスイーツコーナーなんかには近づく気が失せて、僕と栗とは疎遠になっていった。