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〈書評〉 悪いものが、来ませんように (芦沢央 著)

「“本”日は晴天なり ~めくるめく日々」 第4回

幼い息子が捧げた究極の愛

 コロナの第一波、世界が一変してしまった。当たり前の生活が当たり前ではなくなってしまった。

 落語家は、客前で落語を披露して出演料をいただき、生活をしている。しかも、主なお客さんの層はご年配の方が多い。コロナは未曾有の感染症。特に抵抗力の低い、ご年配の皆さんは注意が必要。

 落語会に限ったことではないが、客入れをする生のイベントは全て中止となった。緊急事態宣言の丸々1ヵ月の間、私はずっと家にいた。家にいて、まだ保育園児で会話もままならない息子と外出することもできず、毎日家の中で遊び続けた。

 今は生意気になり、私が声をかけても聞こえないふりまでする舐めた態度を取るようになった息子だが、その緊急事態宣言の間だけは、今振り返っても私の愛情が伝わっていたのだと確信を持っている。

 いつも通り楽しく、いや何が楽しいのか分からない謎の人形遊びを無限にやっている最中、突如息子が私の口の中に自身の右手を突っ込んで来て、こう言ったのである。

 「食べてーー!!!」

 ある意味、究極の愛の形ではないか。愛するがあまり、自らの肉体を差し出し食べてくれと懇願する。捨身月兎。

 緊急事態宣言下。これから生活がどうなっていくかもわからない。焚き火に飛び込み、自ら食糧となったウサギのように自らを捧げようというのだ。

 私は、もちろん丁重に断り、何を触ってるか分かったもんじゃない幼児の手を突っ込まれた口をよく水でゆすぎ、また謎の人形遊びへと戻った。

 余談だが、その後、約1ヵ月ぶりに仕事で家を出る際に家を出ようとする私の足に息子が縋りつき、「どこに行くの?」と泣きじゃくるので、「パパは仕事だよ」と伝えると、「パパに仕事なんてない!!」と言い切られたのも、今となっては親子の思い出の一つである。