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〈掲載記事300本記念〉 柳家さん喬師匠 スペシャルインタビュー【後編】

掲載記事300本記念

すべての時間が落語に還る

 落語家の人数も増え、そこから頭一つ抜き出ていくためには、手っ取り早い工夫や仕掛けが成功するケースがある。しかし、さん喬師匠は「無理やりいじりまわさなくていい」「急がないでいい」と穏やかに呼びかける。

 その裏側にあるのは、落語に対する全幅の信頼、そして“費やした時間がすべて落語に還元される”という芸の間口の広さ、奥行きの深さだ。

 自らがトップとして率いる落語協会については「若い人がどんどん出てきているのが強みでしょうね」と安心する一方で、先ほどの“豆腐理論”を若手には求める。

「新しい二ツ目さんにしても、新しい真打さんにしても、『なぜ新作を先にやるの?』と思いますね。今は『いい噺だね』って言われるような、前座、二ツ目のうちに勉強してきた噺を広げていくべきであって、いきなりそれを捨てて新作落語に走るのは違う。

ただ、新作を否定はできない。新作を否定したら、これから先の落語界がダメになっちゃいますからね」

 と本音を吐露し、バランスのとり方の大切さを説く。

 落語協会会長としては独断専行を避け、バランス重視の組織運営に努めてきた。トップダウン型ではなく、ボトムアップ型の意思決定を、さん喬師匠は重視する。

「協会全体のことを考えた場合は、理事の人たちにいろいろ意見を出していただいて、それを総合的に判断する前に『こういう考えの方が多いんですけど、皆さん、それでいいでしょうか』と図っています。

最もいいであろうと思えて、またそれが正当であろうという意見に集約し、『誰々師匠がこうおっしゃってましたが、それに対して誰々師匠はこうですけども、実際には皆さま方のご意見は相対的に誰々師匠の方に傾いているし、それでいいんじゃないかと思っていますが、いかがでしょうか』って。決断は理事の方にしてもらっています」

撮影:編集部

 決定へのプロセスを聞くだけで、胃が痛くなるような気遣いだ。“師匠が黒と言えば白いものでも黒”というのは師弟関係においては成立しても、組織運営にあたっては受け入れられない。

 コンプライアンス順守への厳しい目、仕事の依頼の仕方も、時代の要請に応じて変化しつつあるという。

「我々の仕事の依頼は、基本的に口約束じゃないですか。協会としても弁護士先生が来てくださって、講習をやったりしています。そのおかげで、少しずつ皆さん、変わってきましたね。

『何月何日空いてる? 行ってくれる?』『ああ、いいよ』って、これで契約成立だったんですが、今はダメなんです。日にちはもちろんですが、ギャラはこれだけなんだけどって、全部こと細かに伝えて、極端なことを言ったら書面にして出さなきゃいけない。前座に仕事を頼むことも大変になりました(笑)」