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鼻の中 そこのけそこのけ お水が通る

「朝橘目線」 第10回

 イケメン鑑賞はほどほどにしてほしいが、自分はこれが推しなんだというものがあるのは、良いことだ。

 無趣味な自分は、落語以外で人様に推したいものなど、ずっとなかった。それが最近やっと「推し」を見つけた。アイドルでもグルメでもない。

 鼻うがい。これが今、私の推しである。

 それ自体は、自分が落語家になる前から認識していた。母方の祖父が習慣にしており、20代の頃、たまたま祖父宅へ遊びに行った折、洗面台でコップに塩とぬるま湯を入れて、鼻うがいをしていた。やり方は、水を入れない方の鼻を指でふさぎ、もう片方の手でコップを持ち、それを鼻の穴につけてコップを傾け、軽く吸う感じで流し込む。

 鼻に水が入ると痛い。水泳で必ず学ぶ真理の一つだ。

 「そんなことして痛くないの!?」

 狼狽する孫に、祖父は「水じゃなくてぬるま湯、それとしょっぱいと感じるくらいの塩を入れたら痛くないよ」と、秘奥を伝授してくれた。

 この祖父を敬愛していた自分は、じいさんがやるならと自宅で試してみた。液がまるで鼻に入らない。鼻の下から首、胸から腹、そして足元まで、ひどく濡れた。弱りかけのマーライオンのマネでもしないとこうは濡れない。祖父はあの時、着ている物を全とっかえしていたか? 否。なら失敗だ。服を脱ぎ捨て、何度も試行した。足元が、スクワット地獄の果ての汗だまりのようになるから止めた。忘れることにした。

 噺家になってから、鼻や喉のコンディションがとても大事になった。

 幼少期より鼻炎持ちのため、鼻がすっきり通る日など、これまでの人生で一日もない。あきらめの悪い私は、鼻うがいを思い出しては、何度か試した。すべて失敗だった。市販の鼻うがい薬や器具も使ってみたがだめだった。上手く水が入らず、爽快感もなく、洗濯物だけが増える。

 何か鼻の通りをよくするものはないのか。数年前、ノーズスティックなるアイテムを知った。小型の棒状で、中にミント系のスースーする液体が入っている。これを鼻にかざす。スースーして気持ち良い。かざすだけでは物足りないし、手を空けておきたいので、私はついこれを鼻腔に突き刺してしまう。

 今もこれを書きながら挿している。鼻の穴ってのは二つある。てことは理想は二本挿しだ。その状態で落語やれたらはかどると思うが、人情噺ができなくなる。三遊派としてはやはり、人情噺をやらなくてはいけない。実に悩ましい。