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シン・道楽亭、誕生前夜から今へと続くキャリー・ザット・ウェイト Part.2

月刊「シン・道楽亭コラム」 第10回

 久しぶりに会う橋本さんは、見かけはそれほど変わらなかったが、途中で薬を飲んだり、姿勢を一定にできずに体をかがめたり、具合が悪いことは見て取れた。ただ、2日後に亡くなるとは、微塵も思わなかった。

 面談が終わった後、こんなやり取りをあと2~3回続けることができれば、もう少し全貌をつかめることができるかな、と考えた。かなわなかったけれど。

 面談中、私は、橋本さんの負担にならないよう、肝心な点にしぼって質問を続けた。ここ最近の経営が黒字かどうかの問題については、「3月は黒字だった」というひと言。さらに突っ込むことはしなかったが、それ以外の直近は赤字だったと受け止めた。橋本さんが入院し、公演が中止になっているのだから無理もない。

 赤字の額については、深掘りできなかった。出納帳やバランスシートの類もなかった。のちのち橋本さんのおかみさんからうかがったことは、「道楽亭は橋本のドンブリ勘定で運営されていました」という実態。日銭が入り、それを回して、どうにか運営していた節は、私が以前にとある場所から聞いていた、支払いが遅れているという事実と合致した。

 今になって分かるが、新宿二丁目のメインストリートの路面店で、家賃や光熱費などの固定費を支払い続けることは、なまやさしいことではない。毎月25日、家賃の支払い日が近づくたびに、私はじっと手を見たりする。

 経営状況はうまく把握できなかったが、橋本さんにしたかったある確認は、きちんとすることができた。それは「私が何らかの形でここを継ぐことを、どう思いますか」。

 橋本さんはこう答えた。

 「渡邉さんが継いでくれたらうれしい」

 この言葉は、その場にいた全員が確認している。橋本さんとの生前最後の面談をしたこと、そして前記の言葉を聞いたこと、そして後述する表情が、その後の私の意思決定を後押しすることになった。