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こしらGPT師匠に、落語の「愛」について聞いてみた

「教えて! こしらGPT師匠」 第7回

そばにいる、それだけでもう十分。小噺「手」

―― 師匠、「落語の愛」が伝わる小噺を作ってください!


 よし。今回はな、ちょっと静かにいくぞ。笑いより、あとからじわっとくるやつだ。

 小噺「手」

 長屋の老夫婦。
 亭主はもう目が悪い。針に糸も通せない。
 女房はもう耳が遠い。亭主の小言も半分しか聞こえない。

 ある晩、亭主がぽつりと言う。

 「なあ」
 「なんだい?」
 「俺が先に死んだらよ、お前どうする」

 女房、ちょっと考えて、

 「洗濯物が減るねぇ」
 「そうじゃねぇよ」
 「ご飯も少なくて済むねぇ」
 「……冷てぇな」

 女房、笑ってる。

 「あんたがいなくなったら、静かで困るよ」
 「なんでだ」
 「なに言ってるか聞こえないのに、あんたの声がないと落ち着かない」

 亭主、しばらく黙る。

 「俺はな」
 「なんだい」
 「お前が先にいなくなったら困る」
 「なんでだい」
 「……誰の手を握るんだ」

 女房、ちょっと黙ってる。

 「今まで握ってたのかい?」
 「握ってたよ。夜中に目が覚めると、不安になるんだ」
 「何が」
 「お前がいるかどうか」

 女房、そっと手を出す。
 亭主、その手を探す。指先が触れて、やっと落ち着く。

 「ほら、いるよ」
 「……ああ」

 しばらく、二人とも黙ったまま。
 その夜は、ずっと手をつないで寝た。

 翌朝。先に起きたのは女房だった。
 亭主は、まだ自分の手を握っていた。
 ぎゅっと。
 まるで、離れないように。

 落語に出てくる人たちは、どこか抜けていて、失敗もたくさんします。それでも、誰も見捨てられません。それはきっと、「人はそれぞれでいい」と認めるまなざしがあるから。愛とは、相手を変えようとすることではなく、その人らしさを受けとめること。うまくできない日があっても、そばにいる。それだけで、もう十分なのだと感じさせてくれます。

 こしらGPT師匠、ありがとうございました!!!

 (不定期連載)

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