NEW

狸札、 野ざらし、 子別れ

「オチ研究会 なぜこのサゲは受けるのか?」 第12回

三十五席目 野ざらし (のざらし) ★★

[ワンポイント]
女嫌いの浪人に家に現れた、美人幽霊の真相とは? 八五郎が真似をするが、待っていたのは意外すぎる結末。陽気な釣り場面と極上の言葉遊びが光る、通好みの噺。

【あらすじ】

 八五郎が夜寝ていると、隣に住む浪人・尾形清十郎の家から女の声がする。ところが清十郎は女嫌いのはず。

 翌る日、事の真相を探ろうと清十郎の家に行く。清十郎はとぼけるが、八五郎は「部屋を覗いた」と言い、観念して話し始める。

 「あれは、この世のものではない。向島で魚釣りをした帰りに、野ざらしのしゃれこうべ(頭蓋骨)を見つけ、哀れに思いそれに酒を振りかけ、手向けの一句を詠むなど、ねんごろに供養したところ、何とその骨の幽霊がお礼に来てくれた」

 それを聞いた八五郎は、興奮した様子で「あんな美人が来てくれるなら、幽霊だってかまわねえ」と、清十郎の釣り道具を借り、酒を買って向島へ向かう。

 八五郎は、先にいる釣り客を先客だと思い、間に割って入って釣りを始める。「サイサイ節」を歌いながら陽気に妄想を始める。そのうちに、針を自分の鼻に引っかけて、針を外して釣りをする始末。

 釣りは諦め、葦(あし)を掻き分けて探すと、骨を見つけ出す。酒をかけて供養しながら自分の住所を言い、今晩ウチに来て欲しいとお願いをする。

 これを聞いていたのが新朝(しんちょう)という幇間(たいこもち)。八五郎が生きている女と約束をしていると思い、二人の間を取り持って儲けようと八五郎の家に行くが……

【オチ】

 女の幽霊が来ると期待していた八五郎だったが、来たのは知らない男。

八五郎 「お前は誰だ?」
新朝 「あっしは新朝という幇間(たいこ)です」

八五郎 「なに? 新町の太鼓? しまった、さっきのは馬の骨だったか」

【解説】


 オチ史上、最も難しいオチの1つである。

 かなりの落語通でも、このオチを聴いたことがある人は少ないと思う。ほとんどが、釣りの場面で賑やかになったところで切る。

 さて、オチである。なんで「馬の骨」と言ったのか? 馬の骨は、「得体の知れない、素性のわからない人」の意味で、これはオモテの意味である。

 ウラに潜む意味もある。幇間が新朝と自分の名前を言ったつもりだったが、八五郎は「浅草の新町」と勘違いした。当時、この新町には太鼓屋がたくさんあって、太鼓には馬の皮が使われていた。幇間が新町だから、それに引っ掛けて、「馬の骨」となるわけだ。ちなみにこの噺においては「骨」を「コツ」と発音する。

 私ももちろんオチの意味が最初はわからず、先輩に訊いたり調べたりした。調べないとわからないようなオチはやっぱりなかなかやらなくなっていくものだ。

 ただ、オチまでは行かないが、骨釣りをする場面はとにかく賑やかだし、お馴染みの「サイサイ節」を気持ちよく歌い上げる演者は多い。むしろ、この「サイサイ節」を歌うためにやっているようにも思える。釣りが好きな噺家もよくやるイメージだ。

 『お菊の皿』もそうだが、江戸っ子はたとえ幽霊であろうとも、相手が美人とわかると会いたがる性質がある。私は、相手がどんなに美人でも幽霊は怖いので会いたくない。