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優雅な航海中の後悔を公開

「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第9回

選ばれし噺家

ただし、この最高の福利厚生を誇る豪華客船の仕事にも

1つだけ禁止事項がある。

それは「決して、船内のお客様と親しくなってはいけない」というものだ。

最初に聞いた時は、アイドルのような「恋愛禁止」ルールが噺家にも適用されるのかと思いきや、そうではなく

特定のお客様と仲良くすると、仲良くなれなかったお客様から必ずクレームが来るんだそうだ。

「なんなの、あの落語家! なんであっちにばっかり愛想を振りまいて、このテーブルに来ないの? 私たちはスペシャルスイートなのよ!!」
「きっとあの客、ご祝儀を包んだに違いないわ!! だって落語家って、ご祝儀に弱いのよ!! ご祝儀さえ包めば、船から海に飛び込んで、泳いで韓国まで行くらしいわよ!!」
「きいー!! こんなことなら現金を持ってくれば良かったわ!! キャッシュレス時代が憎いわぁー!!!!」

こんなことがあったかどうかは、わからないけど

大手はクレームを何より嫌うので、一度でもクレームがつくと二度と呼んでもらえないそうだ。

お客様と同席してクレームがあって、とある落語家が出禁になったことは間違いない。

だから呼ばれる落語家は品行方正、規律遵守が求められ、その上でお客様を満足させる芸がないといけない。

選ばれし落語家のみが与えられる、最高の福利厚生仕事なのだ!!!

テンションが変になる船の旅!?

ただ、この環境はゆったりするには最高だが、落語家には少し贅沢すぎたようだ。

乗船前は

「朝起きてジムに行き、エッセイを書き、ネタを覚え、稽古をして、SNSに投稿、たまった事務仕事を片付けて、本を2冊読もう」

そう決めていた。

現実は、ジムには一度も行くことなく、ネタも覚えず、稽古もせず、事務仕事もほったらかして、本は一文字も読むことなく、酒を飲んで、ダラダラしているだけで終わった。

大体、ゆったりと過ごすための場所なのだ。

新幹線なら神戸から2時間程度で行ける関門海峡まで、1泊2日で行く旅だ。

ストイックとは、ほど遠い環境だ。

環境に適応する能力の高い僕は、見事にこの環境に適応し

ダラダラしすぎて朝食の時間に起きられず、ルームサービスで海苔弁を頼んでベッドに寝転がりながら食べ、完食した後、そのまま昼食まで寝た日もあった。

サウナが有料だったことだけが、唯一の救いだろう。

サウナが無料だったら、一日中蒸されて寝て、蒸されて寝るという

再利用され続ける小籠包のような生活をするに違いない。

普段、そんなにお酒を好んで飲むほうではないが

なぜか船上では、お酒を飲みたくなることがわかった。

船の旅は初めてではないが、海の上にいる緊張感なのか、変なテンションになることが多い。