バンビ物語 (前編)

鈴々舎馬風一門 入門物語

一人、師匠の家を探した夜

 「このままだと一生後悔する。とにかく入門してみよう……」

 そう思わせてくれたのが、私の師匠、鈴々舎馬風の芸でした。『会長への道』はもちろん、『猫の災難』など古典落語も楽しく、その芸に憧れました。
 「馬風師匠って、どんな人なんだろう。仮に入門させてもらったとしても、師匠のもとでやっていけるのかなぁ……」

 と思いながら、手に取った師匠の著作『会長への道』を読み進むうち、「なんと面倒見の良い師匠なんだろう、よし、馬風師匠の弟子になるぞ」と心が定まります。でも、入門志願はどうしようか?

 当時はインターネットもないので、国会図書館へ行き、『日本タレント名鑑』で師匠の住所を調べます。そこでまたウジウジ悩み始めたのですが、「いやいや、ぐずぐずしているとまた諦めちゃう、もう、すぐ行こう」と、その夜に師匠のお宅を探しに行きます。

 Googleマップもない平成十一年、住宅地図をコピーして、午後九時過ぎに表札を一軒一軒調べながらグルグル探し回りました。運良く職質はされませんでしたが、完全に不審者です。

 三十分近く探して路地奥の木戸に「鈴々舎馬風」という表札を見つけた時の嬉しさ! 落語に出てくる間抜けな泥棒が忍び込む先を見つけた時の気持ちでしょうか? その夜はさすがに玄関のチャイムを押すことはせず、「よし、これで外堀は埋めたぞ」と意気揚々と帰宅しました。

 翌日、師匠が鈴本演芸場の昼席に出ていることを確認すると、師匠が帰宅されたタイミングで弟子入り志願しようと決め、師匠のお宅の路地の入口を見渡せる位置――信号を渡って二百メートルほど離れたところの電柱の陰に隠れ、ジッと待ちました。弟子入りは、電柱に隠れて待つモンだと決めてかかっていたんでしょうね。この姿も不審者そのものです。

 一時間以上は待ったでしょうか……。路地の前に車が止まり、師匠が降りてきました。不意を突かれ「あっ」と思わず声が出て、駆け出しました。が、横断歩道を渡る直前で信号が赤に変わります。交通量も多くて渡ることができません。ドラマでありがちな展開です。

 ようやく信号が変わって師匠宅の木戸の前に来た時には、もうすでに誰もいません。「ピンポ~ン」と玄関のチャイムを押そうとして、指がボタンまでいくんですが、そこで止まっちゃう。
 「う~ん、どうしよう、もしかしたら断られるかも。どうしようどうしよう……」

 逡巡すること数分(自分の中では三十分)。とうとうチャイムを押す勇気が出ないまま、トボトボと帰宅しました。
 「さあ、明日はどうしよう? 家に行くべきか。でもまたチャイムを押すことは、きっとできないよなぁ」