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流れもの日記 (前編)

鈴々舎馬風一門 入門物語

小さな灯り

 そんな夜勤のアルバイト生活をしながら、噺家を志して2年弱が経ったある日。今日も現場に向かう途中の社用車後部座席に乗っていると、携帯に一通のメールが来た。

 それは、兼ねてより入門のお願いのお伺いを立てていた柳家小せん師匠からだった。
 「弟子は取っていませんが、話を聞くだけなら時間をとりますよ」と。

 大きく息を吸って、吐いた。

 窓を見ると、外は真っ暗。電灯ひとつない田んぼ道の中、心の奥底から小さい灯りが点された気がした。「噺家になれる。落語家になれるかもしれないぞ」という希望の源泉が湧いたというよりは、「この生活ともようやくおさらばできるかもしれない」という安堵みたいな気持ちが最初に沸き上がったのが率直な情感だったと思う。まるで出所日が確定した受刑者の心境だ。

 入門の志願をさせていただいた間、うちの師匠は鈴々舎馬風師匠(僕の大師匠)に相談に行ったそうだ。後に、ほかの方から伺ったことがある。

 「じつは、弟子入りがきていまして」
 「おう、どんどん取れ!」
 と、間髪を入れず大師匠の一言があったという。

 この一言のおかげで、僕は今、落語家という立場で、こうしてパソコンのキーボードを打って原稿を書いていることができている。

お客様から二ツ目昇進のお祝いでいただいた狸の置物と花

(後編に続く)