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流れもの日記 (後編)
鈴々舎馬風一門 入門物語
- 落語
清々しい日々
前座修行を終えたのが、2019年の2月。5年以上も前のこととなった。
寄席が夜席の日は、師匠のお宅へ「通い」の身となる。朝9時半、家を出て10時には師匠宅。お湯を沸かして緑茶を作る日課。急須の中で湯だった水滴の感じを見ながら、今日やることを軽く逡巡する。部屋の軽微な、極軽微な掃除をして、洗濯機を回す。
ひと段落すると、師匠と一緒に居間でお昼のワイドショーを見る。何を話すわけでもなく、お昼のワイドショーを見る。テレビの中のコメンテーターが笑えば、それにつられるようにして「フフ」と微笑する。そしてまた、お昼のワイドショーを見る。
嗚呼、思い出すだけで噺家の生活の匂いを思い出す。
時間はないし、眠いし、覚えなくちゃいけない噺はあるし大変だったが、師匠のお宅で過ごすひとつひとつの時間は清々しい日々だったと思う。
入門が決まり、師匠と3つの約束をした。
一、 時間を守る
一、 嘘をつかない
一、 人の悪口を言わない
この3つは僕のパーソナリティの軸であり、いつも心がけているものだ。
師匠の少し後ろを歩く嬉しさ
いよいよ噺家としてのスタートを切れたんだと実感が湧いてきたのは、師匠の鞄持ちとしてお供させていただいた初日のこと。行先は、鈴本演芸場。余一会で一日だけの特別公演。
この日は、三K辰文舎(さんけいしんぶんしゃ)の公演日。三K辰文舎とは、師匠小せんもメンバーとして参加しているバンドで、ほかにも橘家文蔵師匠、入船亭扇辰師匠が参加している。
初めての「お供」……なのか、「お付き」なのか「ボーヤ」なのか。わけもわからぬまま同行し、師匠の家を出て、師匠の少し後ろを歩く。すたすたと歩く師匠の後から西日由来の影が伸びる。「やっと噺家になることができたんだ」と嬉しさがこみあげてきた。
「うおーー! 落語家になれたぜ!」
そう心で叫びながら、右手にボンゴという打楽器を手に提げ、背中にギターを背負って、落語とは何ひとつ関係のない荷物を持った青年が一人感慨にふける思いで師匠の後ろを歩いていた。そう、端から見て、落語家の師弟とわかる者は一人もいなかったと思う。
やっぱり初出勤は、「ボーヤ」だったのかな?