2025年5月の最前線(芝居に映画に、神田松鯉一門の活躍)
「講談最前線」 第1回
- 講談

瀧口 雅仁
2025/05/13
歌舞伎座の舞台に立った? 神田松鯉とその世界
二人の師匠である神田松鯉が歌舞伎座の舞台に立ったことも記憶と記録に残しておきたいニュースだ。
松竹創業百三十周年の記念でもある2025年の四月歌舞伎で、松鯉が高座で読んでいる講談をもとに、竹柴潤一脚本、西森秀行演出により、講談シリーズの第三弾として送り出された『無筆の出世』に出演したのだ。「講談シリーズ」とするのは、これまで『荒川十太夫』(2022年10月初演)、『俵星玄蕃』(2023年12月初演)に続くものだからで、いずれも当代尾上松緑が主演が務めている。
『荒川十太夫』と『俵星玄蕃』はいずれも義士伝の一つで、ともに討入りという大願を果たした四十七士を支え、四十七士の運命に立ち会った二人を主人公にしたもので、講談では『赤穂義士外伝』に数えられる作品であるが、今回の『無筆の出世』は義士伝ではない。
松鯉が古い速記から掘り起こし、自身の十八番にした思い入れのある話であるだけに、歌舞伎座で自分が育てあげてきた話が劇化されるのは感慨深かったに違いない。また松鯉自身が歌舞伎役者、二世中村歌門(1913~1989)の一門にあって、女形で修業をした経験のある身であるだけに、その思いもひとしおであったであろう。
あらすじは、旗本の佐々与左衛門に仕える無筆(むひつ:読み書きが出来ないこと)である中間(ちゅうげん:武士に仕える奉公人)の治助が、ある時、手紙を持たされて使いに出される。その途中、渡し舟に乗った時に文箱(ふばこ:手紙を入れて、運ぶために持って歩く箱)を川に落としてしまう。拾い上げた手紙を乾かしていると、老僧から手紙の内容を教わり、主人のもとを去ることにする。その後、夏目左内という武士に気に入られ、そこで学問を身に付け、勘定奉行にまで出世をし、その時は無役であった元の主人である佐々と再会することにする……。
講談で描かれる治助の実直な性格と、自分の運命を探し求める治助という男を支える周囲の人たちの人情。そして「恩を仇で返す」のではなく、「仇を恩で返す」といった治助の生き方と話が持つテーマ性が、歌舞伎座の舞台で確と描かれていた。
主役である中間の治助役を演じるのは尾上松緑、佐々与左衛門は中村鴈治郎、夏目左内に市川中車(ただし、幾日か配役の交代あり)と、人気者が芝居の妙味を味わわせてくれた。そんな中、肝心の松鯉は何役を演じたのかと言えば、ズバリ!講釈師であった。そのまんまじゃないか!と思われるかもしれないが、話の展開をつないでいく重役であって、冒頭、そして劇中の時間の変遷時、さらに大団円の場で、舞台中央にせり上がりで現われるといった、前二作とは異なり、実演を交えながらの舞台であっただけに、歌舞伎座で芝居も楽しめ、しかも人間国宝の講談も同時に楽しめるといった贅沢な舞台でもあった。
本当は松鯉の俳優としての雄姿も見てみたいところだが、そこには遠慮や諸々の事情があろう。だが前述の『荒川十太夫』が再演されたように、『無筆の出世』も歌舞伎の世界にうまく溶け合った作品であったので、これまた再演を望み、再び歌舞伎座の板の上で神田松鯉の高座を見てみたい(特に興行日程の中盤で、劇場の不備から4日間公演中止になり、観劇できる機会が減ったので)。
講談への人気と期待が高まる中、講釈師による講談以外の活躍がまた、新しい講談の見方を提示し、歌舞伎-芝居-映画-講談とリンクしていくことで、新たな講談ファンを増やし、講談の裾野を広げていくきっかけにもなるはずだ。そうした意味でも、今後も三人の活躍に注目していきたい。
(以上、敬称略)
(毎月13日頃、掲載予定)
―― こちらもどうぞ。第2回「2025年6月の最前線【前編】」
―― こちらもどうぞ。第3回「2025年6月の最前線【後編】」
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