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夏の日の少年
三遊亭萬都の「マクラになるかも知れない話」 第1回
- 落語
僕らを熱狂させたダークヒーロー
小学校の上級生に、何かと話題になるBくんがいた。
Bくんは、よくどこかしらでケンカをしたとか、いたずらをしたとかで怒られていた。お年寄りに言わせれば、「わりことし」だ。
怒られても先生に食ってかかったりするのだからたいしたもので、まあ小学生のことだから不良だヤンキーだと言うことはないが、子どもたちの間では番長のような扱いになっていた。
僕はBくんのことが怖かったので、なるだけ近寄らないようにしていた。
ある日、Bくんがいなくなった。一時間目の授業には出ていたのに、二時間目になって忽然といなくなった。先生たちは大騒ぎだ。
騒ぎを聞きつけた子どもたちが口々に
「Bくんがいなくなった。学校をサボったんだ!」
と他のクラスや学年にも伝えたものだからこちらも大騒ぎだ。学校をサボるというのは、田舎の町の、しかも小学校とあっては考えもしない大事件。子どもたちの間で
「すごい! Bくん!かっこいい!」
という雰囲気が見る間に広まっていった。ダークヒーローの誕生だった。
すぐに先生が来て
「静かにしなさい。教室に戻って授業を受けなさい」
と叱られた。
しかし、子どもたちは小さな声で
「すごいねえ、Bくん。どこに行ったんだろう」
「電車で、子どもだけで行ったらいかん隣町へいったんじゃないか」
「何か気に入らないことがあって、ケンカをふっかけに行ったんじゃないか」
と噂をしあった。
彼もまた冒険者だったのだろう
昼休みになって、ひとりの子がBくんの行方をどっからか聞きつけてきて、それをみんなに教えてくれるということになった。
僕も気になったので、友達とその子のクラスへ行った。
「教えて! Bくんは本当に学校サボったん?」
「Bくんは、学校サボってどこ行ったん?」
ダークヒーローの行方が気になってしょうがないみんなに、その子はこう言った。
「Bくん! 学校サボったんやって! サボって自転車で、おばあちゃんちに行ったらしいで!」
おばあちゃんち。
「それで! おばあちゃんと動物園行ったと!」
動物園。おばあちゃんと動物園。僕らのダークヒーローは、学校をサボっておばあちゃんと動物園に行ったのだ。なんという衝撃だろうか。
子どもたちはダークヒーローを称え、歓声を上げていた。子どもたちの中では「学校をサボった」という事実が大きすぎて、その先はどうでも良かったのだろう。
大人たちからすると、どうだったのだろうか。Bくんは、思ったより叱られなかったそうだ。
僕は、急にBくんと話がしたくなった。今ならBくんと仲良くなれるような気がしたからだ。どうしようもなく暑い、夏の日の少年同士として。
しかし結局、関わりのないまま、Bくんは卒業していった。