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〈書評〉 『生殖記』(朝井リョウ 著)

笑福亭茶光の「“本”日は晴天なり ~めくるめく日々」 第3回

言葉が壊したもの

 寄席の楽屋には、よく師匠方のお客様から手作りの料理が届く。顔も知らないお婆さん(お爺さんの可能性もある。そもそも年齢も分からない。天才料理少年、いや、少女かもしれない)の握ったおにぎりが大量に届くこともある。

 私は平気で食べる。私はおにぎりが好きなのだ。

 その発言後、私は終演まで客席を見ることができなかった。あのおにぎりをくれるお客さんがどんな顔で舞台を見ているのか、怖さと申し訳なさで見ることができなかった。

 その日を境に、そのお客さんは二度と私の前に現れなかった。おにぎりを受け取ることもなくなった。

 おにぎりは、「おむすび」とも言う。おむすびには「縁を結ぶ」という意味もあるという。「爪痕を残さなければ」と、心にもないことを口走ったせいで、縁は切れてしまった。

 もう10年以上前の話だ。誠に勝手ながら、その後もそのお客さんが私のいないお笑いの舞台を客席から楽しみ、出演者の誰かにおにぎりを渡してくれていたらいいなぁと今でも願っている。

共感できる部分が多かった『生殖記』と筆者

 自分がお笑い芸人で、「こうあらねばならない」「こうなりたい」といろんな感情や、その時の状況いろんなものがごちゃ混ぜになって作り上げた擬態で毎日を生きていた。

 もちろん、当時の私に擬態のつもりはなかったと思うが、日々、無理をして辛かったのだけは覚えている。