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講談への情熱は今も変わらず 一龍斎貞寿(中編)
「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」第9回
- 講談
「貞寿に読んでほしい」の声に応えて
「貞寿」の名は二代目。初代は、元は徳川夢声とともに活躍をした弁士である山野一郎(本名・山内幸一)であり、講釈師に転向する際に、六代目一龍斎貞山の門下となり、「貞壽」(と書くことが多い)の名で講釈師に転向した。
一龍斎の読み口は、華麗で丁寧な言葉運びにある。貞寿はこれまで一龍斎が読んでこなかった話にも果敢に挑み、一龍斎貞寿としての講談のあり方を追求している。今年は入門22年目。これまで読んできた演目や、これから取り組んでいきたい演目について尋ねてみた。
――今、演じている演目についてお聞かせください。何か「これぞ貞寿!」という一席はありますか。
貞寿 実は今、「この演目をやってください」というご注文が続いていて、自分が勉強したい話を稽古している余裕があまりありません。基本的に、私は古典派の講談師だと思っているんですが、新作の会に声をかけていただくこともあります。三遊亭白鳥師匠の話を勉強させていただいたり……、あ、今秋は古今亭駒治君の話をやってくださいと言われています……。
――駒治さんの話となると、やはり鉄道の話ですか。
貞寿 「15分の話だから」と聞いて、それならば短いから大丈夫かな、と引き受けたんですが、台本を観たら、西武線全線の駅名を覚えなきゃいけないんですよ!

貞寿姐さんがやってくれる会』のチラシ
(クリックすると拡大します)
――覚えても、四十七士の名前のように汎用性がない……(笑)。
貞寿 おっしゃるとおり(笑)。その他にも、地域に残っている話を講談に仕立ててほしいと頼まれたり、しばらくやっていなかった話をリクエストされたり、いただくご注文に対応するのに追われていて、なかなか、やりたい演目に時間が割けていないんです。でも、「貞寿にこの話をやってほしい」と言っていただくのは嬉しくて、ついつい引き受けてしまいます。
芸歴二十周年で挑んだ『錦の舞衣』
――近年では三遊亭圓朝作の『錦の舞衣(にしきのまいぎぬ)』にも取り組んでいましたね。
貞寿 芸歴二十周年を記念して取り組んだんですが、一番難関で、一番苦労した演目です。でも大変だったけど、一番やりたかった話でした。
芸歴十周年の時には、師匠から「真打の用意をしておけよ」と言われて、月一の勉強会で「赤穂義士伝」の本伝を読み、披露目の時にもかけました。真打になる時は「義士伝」、一龍斎だからお家芸である「義士伝」をかけたい、と思っていたんです。私にとって、ここ一番という時の一席は、やはり「義士伝」です。特に『赤垣源蔵』には思い入れがあって、師匠から一番最初に教わった「義士伝」なんです。
師匠からは「この話は誰もがやる。私もやる。私の弟子なら『貞心の弟子の赤垣』だねと言われるように育てなさい」と言われました。だから師匠の弟子として、誰に聞いていただいても恥ずかしくない一席に育てていきたいと思っています。
――私は『は組小町』も味わいがあって好きなんですが、いかがですか。
貞寿 この話は、二ツ目になった時に、最初に教えていただいた話で、大好きな話です。服部先生の音源も、何度も何度も聞かせていただきました。師匠から初めて褒めていただいた話で、真打昇進前、自信の持てなかった私の背中を押してくれた演目です。
――世話物では『お富与三郎』も、これまで読まれてこなかった場面等を復活させたのも強く印象に残っています。
貞寿 『お富与三郎』は、『錦の舞衣』を読む前に、生世話を一から勉強しなおしたいと思って取り組んだ演目です。『錦の舞衣』はとにかく難しくて、なかなか手が出せず、まずは、世話物をきっちりと読むことから始めよう、と二年かけて『お富』をやりました。ちょうどコロナ禍から始めたので、最後まで読み切ることができたのかなと思います。月一回ネタおろしを二年続けて、やっと読み終わりました。正直、疲れました(笑)。