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講談への情熱は今も変わらず 一龍斎貞寿(後編)
「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」第10回
- 講談

自身が追及する話を読み続ける貞寿の高座姿(貞寿・提供)
一時期、絶滅危惧種とまで言われるも、現在、東西合わせて120名を超えるまでになった講釈師。江戸から明治、大正、昭和と、主に男性が読み継いできた芸であったが、平成、令和と時代を経て、女性目線による女性の講談が世に送り出されてきた。その時、講釈師は何を考え、何を読んできたのか。第一線で活躍する女性講釈師に尋ねてみた。(一龍斎貞寿先生の前編/中編/後編のうちの後編)
「一龍斎」に宿る誇りと覚悟
落語家や講釈師がよく「○○であること」というこだわりを口にすることがある。落語家であれば「三遊亭であること」「小さん一門として」といったようにだ。講談界では、ここでも貞寿の言葉から垣間見ることのできる「私は一龍斎だから」というのが、それに当たろう。このインタビューの初回にご登場いただいた一龍斎貞鏡もこだわりを見せていたが、それでは貞寿にとって「一龍斎であること」はどういうことなのだろうか。
――「一龍斎である」というのは、貞寿さんにとって、どういうことだと思いますか。
貞寿 実は師匠から直接そういう話を聞いたことはありません。私は、(一龍斎)貞水、(一龍斎)貞山両先生に講釈師としての心構えを教わりましたが、それは言葉としてではなく、背中を見て学ばせていただいた、というほうが正しいかもしれません。お二人はとにかく格好良い。
例えば、貞水先生って、一時間もの長講を終えて高座から降りてこられても、顔には汗をかかない。軽くやってのけたという顔をなさる。私は“貞水先生は天才だから長講をサラッとこなすことができるんだ”と思っていました。けれど、着物を脱ぐと、襦袢(じゅばん)は汗でびっしょり。先生がどれだけの熱量で高座を務めていらしたのか、汗でびっしょり濡れた襦袢を畳みながら知ることができました。そばにいさせていただく機会があったからこそ、わかることが沢山ありました。どんなに体調が悪くても辛さを顔に出さない先生でした。
全てがそのような調子で、具体的な言葉ではなく、そばにいることで教わったことのほうが多いです。そんな貞水先生が、「知ったかぶりをしない。うまがらない。前座には前座の良さがある。それは真打には真似ができない。だから前座は前座らしくあればいい。決してうまがったり、偉ぶったりしてはいけない。それは自分にとって損になる」とおっしゃっていたのは忘れられません。
―いいお話であり、大切な教えですね。
貞寿 寄席には流れがありますし、トリに向けて流れを運んでいく。その時に自分はどうするか。今の自分になにができるのか。そうしたことを、背中で教えてくださる先生方が近くにいてくださったのは本当にありがたかったです。だからこそ、前座ならば前座らしく、二ツ目ならば二ツ目らしく、自分の立場を考えたうえで役に立ちたいと思っていました。