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講談への情熱は今も変わらず 一龍斎貞寿(後編)

「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」第10回

講談への情熱は今も変わらず 一龍斎貞寿(後編)

自身が追及する話を読み続ける貞寿の高座姿(貞寿・提供)

瀧口 雅仁

執筆者

瀧口 雅仁

執筆者プロフィール

「一龍斎」に宿る誇りと覚悟

貞寿 実は師匠から直接そういう話を聞いたことはありません。私は、(一龍斎)貞水、(一龍斎)貞山両先生に講釈師としての心構えを教わりましたが、それは言葉としてではなく、背中を見て学ばせていただいた、というほうが正しいかもしれません。お二人はとにかく格好良い。

 例えば、貞水先生って、一時間もの長講を終えて高座から降りてこられても、顔には汗をかかない。軽くやってのけたという顔をなさる。私は“貞水先生は天才だから長講をサラッとこなすことができるんだ”と思っていました。けれど、着物を脱ぐと、襦袢(じゅばん)は汗でびっしょり。先生がどれだけの熱量で高座を務めていらしたのか、汗でびっしょり濡れた襦袢を畳みながら知ることができました。そばにいさせていただく機会があったからこそ、わかることが沢山ありました。どんなに体調が悪くても辛さを顔に出さない先生でした。

 全てがそのような調子で、具体的な言葉ではなく、そばにいることで教わったことのほうが多いです。そんな貞水先生が、「知ったかぶりをしない。うまがらない。前座には前座の良さがある。それは真打には真似ができない。だから前座は前座らしくあればいい。決してうまがったり、偉ぶったりしてはいけない。それは自分にとって損になる」とおっしゃっていたのは忘れられません。

貞寿 寄席には流れがありますし、トリに向けて流れを運んでいく。その時に自分はどうするか。今の自分になにができるのか。そうしたことを、背中で教えてくださる先生方が近くにいてくださったのは本当にありがたかったです。だからこそ、前座ならば前座らしく、二ツ目ならば二ツ目らしく、自分の立場を考えたうえで役に立ちたいと思っていました。