VR落語での目標

古今亭佑輔とメタバースの世界 第4回

2025年の目標達成

 特別な公演の演目は何が相応(ふさわ)しいだろうか、長らく考えた。

 考えた末、やはり物語性に富んだ人情噺か怪談噺が良かろうということになった。せっかくなら、自分で作った噺をやってみよう。そのためには芸名の公開は不可欠であった。自作の噺では、もちろん身バレをするからである。

 6月、VRを始めて半年を記念に、芸名公表も行った。基本的に匿名で遊べるのがVRChat(プラットフォーム)の良さでもあるが、自分の場合は、芸名を公表をすることで落語に興味を持った人が寄席に足を運びやすくする狙いがあり、実際に効果があったように感じる。お陰様で、多くの若者が寄席に足を運んでくれた。

 そして2025年8月、満を持して自作怪談「寝子」のVR公演に踏み切った。

 「寝子」は、私が以前から口演している自作の怪談である。吉原を舞台に、花魁(おいらん)・小春の愛憎が織りなす呪いの物語。人間の心の奥底に潜む欲望や嫉妬を描いている。

 リアルでの度重なる公演である程度、手応えは掴んでいる噺であるが、笑いが一切ない30分ほどの噺を最後まで聴くには、かなりの集中力を要する。VRでは観客の没入感を高めることが容易ではないため、これまでの通常公演では噺の尺(しゃく:長さ)を15~20分程度に留めてきた。

 初めての挑戦である。しかし、演出を加えることで聴き手にある種の没入感を与えることが出来るのではと考えた。

 まずBさんに台本を読んで頂いたが、すぐに期待以上の返答があった。台本の趣旨を汲み取り、落語に合った過度ではないが、十分な演出内容を提案してくださった。

 開場と同時に、噺の中に出てくる桜の簪(かんざし)がお客様に配られる。桜の簪を持ったまま客席につき、落語会が始まると、辺りは吉原にいるかのような妖艶な雰囲気に包まれる。

 物語が進んでゆき、噺の途中に陰影が効果的に付けられる。終盤、花魁小春が実は簪で自分の喉を突き死んでいたことが判明するシーンがある。

 そこで舞台上には赤黒い血が広がり、冒頭で配られた桜の簪に血がべっとりと付いていることに観客は気がつく。

 客席からは驚きと恐怖の声が上がった。別に怖がらせたい訳ではないが、ここまで集中して聴いてくれていたのだと実感できる瞬間であった。最後に「にゃー」という猫の鳴き声でサゲになる。後ろには猫の影がぼんやりと浮かび上がる。

 VRでも分かるほど、噺が終わった後も場の空気に余韻が残りお客様が深く没入して聴いてくれていたことが感じられた。終演後、非常に嬉しいことに評判も良く、再演を願うお声も多く頂いている。