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二つの乳に育てられし

シリーズ「思い出の味」 第13回

朝8時の小さな贅沢

 そんな父の豆腐を、私は世界で一番美味しいと思っております。

 豆の味がしっかりと味わえる木綿豆腐、絹ごし豆腐。冷奴や湯豆腐で食べても美味しいのです。

 また、出来立ての厚揚げも絶品でした。厚揚げは、木綿豆腐と絹ごし豆腐をそれぞれに油で素揚げにします。中でも、絹ごし豆腐を高温の油でカラッと揚げた『絹揚げ』は、絹ごし豆腐の滑らかさに、ジュワッと広がる油、そしてサクッとした外側、それらのハーモニーがサイコーでした。

 朝8時ごろ、父が、厚揚げの第一陣を揚げるのですが、お豆腐を油の中に掘り込む際、豆腐の角が崩れてしまうことがあるので、たまに小さな厚揚げが揚がります。その崩れた小さな厚揚げを、口の中に放り込むのが私の楽しみでした(崩れた厚揚げは、いくつか集め、盛り合わせにして安く提供もしていました)。

 そして、まだ、温かさの残る出来立ての豆乳をコップ一杯飲み干します。これは『豆腐屋の娘』だからこそ、味わえた贅沢です。

 小学生のころは、「豆腐屋! 豆腐一丁!」などと、クラスの男子から揶揄われたものですが、世界であんなに美味しい瞬間のお豆腐に巡り会えたことを考えると、そんなことはどうでもいいことです。

 また、うちの店のおから(これも絹ごし豆腐を作る過程でできたおからですが)は、レバーペーストのような滑らかな口当たり。それなのに、ソフトボール大ぐらいで50円という安さでした。

 これを、こんにゃくやニンジン、油揚げを細かく切ったものと一緒に炊き、みりんや醤油で味付けするのですが、元々のおからが美味しいので、どう作っても美味しく仕上がってしまいます。

 いろんなお惣菜屋さんや定食屋さんで『おからの炊いたん』を食べましたが、うちの店のおからを超えるものもいまだに現れていません。

 あまりに好きすぎて、高校の修学旅行で、おやつの代わりに持参し、長野行きの電車の中で同級生に振る舞いました(好きな男子もいたし。よく考えたら、とち狂っていたな、高校生の私)。

 ただ、おからは食べていると、喉にカスカスが詰まるので、UNOをやっていた友達の「UNO!」という叫びを咳き込ませてしまったりしました(美味しかったけどね)。