自分らしく、まっすぐに 神田菫花(中編)
「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第16回
- 講談
瀧口 雅仁
2025/10/29
心揺さぶる物語を「欲」で受け継ぐ
―― 以前より、連続物にも積極的に挑んでいますよね。墨亭でも『西遊記』にはじまって、『四谷怪談』『紀伊国屋文左衛門』『朝顔日記』といった、一席物で読まれることの多い話でも、その話の前後を含めて、連続で取り組んでいるイメージが強くあります。
菫花 講釈師を続けていくための「欲」ですね。それと物語を読みたいという「欲」。一席物の中には、連続物の中のいい場面や聴きごたえのある場面を抜粋した作品も多いですが、連続物にはそうではない場面もあって、時にはそちらの方が多かったりもして、物語のそういう箇所を楽しんでもらいたいという「欲」があるんです。
――「物語を読みたいという『欲』」とはいい言葉ですね。今、これを読んでみたいという「欲」にかられる話はありますか。
菫花 『佐倉義民伝(さくらぎみんでん)』です。芝居でも楽しまれていますし、有名な『甚兵衛渡し(じんべえわたし)』ばかりでなく、その他のあまり演じられないバックボーンのような場面もあるので、「欲」でうずきます。色々と教えていただいた神田翠月(かんだすいげつ)先生も思い入れをお持ちでいらっしゃいました。いい話ですし、やってみたいですね。
―― 墨亭では次に『相馬大作(そうまだいさく)』をお願いしましたが、その次にぜひ!
菫花 『相馬大作』も物騒な場面がありますが、面白いお話です(笑)。
―― 私が他には聴いたのは『重の井の子別れ(しげのいのこわかれ)』と『笹野名槍伝(ささのめいそうでん)』。
菫花 『重の井の子別れ』は短い連続物でした。他にも奉行になる前の『遠山金四郎』。『モンテ・クリスト伯』はこういう難しい話をやってみたくて、二ツ目の時に読んだんですが、それっきり。あとは『江島屋』に、一門会で『太閤記』を読みました。他に『毛谷村六助(けやむらろくすけ)』。『新門辰五郎(しんもんたつごろう)』は翠月先生に面倒を見ていただきました。色々とかじってばかりです。
―― 今、神田翠月先生の名前が出ましたが、私は菫花さんの『三味線やくざ』と『瞼の母(まぶたのはは)』を聴いて、その世界観を描き出せる菫花さんの読みに心を揺り動かされました。
菫花 ありがとうございます。『三味線やくざ』『瞼の母』、そして『お紺殺し』は翠月先生に教えていただいた話です。特に『三味線やくざ』は読む度に涙が出ますし、また読めば涙が出ると思うので、私自身にとって手間がかかる話なんです(笑)。それに現代とテーマが合うのか……。
不倫を美しく描く話ですし、七兵衛という親方が自分の妾といい仲になった杵屋弥市を許すという場面で気持ちがぐらついてしまうんです。そこにはただ許すのではなくて、様々な葛藤があるはずで、そうした深みが出せないと、全体が描けないと思ってしまいます。そもそも難しい話なので、まだまだ私にはこれからの話です。
ただ、翠月先生の生み出された感動をお取り継ぎできるのは、あとを行く私たちのみというのもありますので、先生の講談を後世に伝えるためにも長く取り組んでいきたいと思っています。一龍斎貞水(いちりゅうさいていすい)先生も「変わるものと、変わらないものがある」とよく仰っていました。私はこの話は変わらないものとして、形を崩さずに受け継いでいきたいです。
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