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街の区々、密と蜜

「艶やかな不安の光沢」 第2回

 私はこのところ、田舎に帰省するたびに故郷の町を散策する。横町、荒町、門番、赤沼、鬼石、鳥井平、物木作――それら古馴染みの地名の記載された町内地図を携え、その先行する像と丁番をかさね合わせながら。なかで幼少期からもつねに心に気にしていた家が一軒あり、それは丘の斜面にある、緑の屋根の、わが町には珍しいどこか西洋風の建築でまさしく邸宅であるのだが、いったいどんな人が住んでいるのだろうと長らく思いを馳せていたその家の主人が、このたび、知れたのである。
 それは定期的に開かれている町の酒類研究会の折であった。研究会とは言っても珍しい酒を持ち寄って議論を交わすというただの飲み会で、いっときは感染病の跋扈(ばっこ)によって中断されていたがようやくこういう会も平時に開催できるようになり、帰省の時期に合えば参加するようにしているのだが、最若手の私は、なにより、ここで往年の昔ばなしが聞けることがたのしいのである。噂に聞くスポーツショップの「コロンブス」や、その他数々の今はなき商店を想像し、私は私の持つ区画に当てはめるのである。貴重な町の娯楽施設であったボーリング場は大型薬局になり、目当ての掘り出し物を漁ったレコード屋は小奇麗なレストランになった。

 参加者の中に、毎回、古いウイスキーを持ってきてくださる洒落たお方がいる。昔から見知った方だが、先日も年代物のサントリー・ローヤルを小さな樽ごと持ってきて飲ませてくれた。まさしく熟れた味わいで、参加者は口々に蜂蜜のようだと批評し、私もたしかに蜂蜜のようだと表現するほかなかったのは語彙の乏しさもあるが、この蜂蜜という表現の密度が、その時間を有した火酒の持つ物語性を伝えるのに相応し過ぎるところがあったからだと思うが、じつはその蜂蜜の持参主が、私が幼少時から気になっていた丘の途中の西洋建築の家主であったのである。
 その事実を知った時の、あの、身体感覚。謎が妙にほどけたようで、正しさと新しさが、それはすでに年月を経ているものではあるが、あらためて内側からこなされて、満ちていくような感覚。蜜月、という訳語をこういう時に用いるのは誤用だろうか。私は今度そのお方の家でレコードとウイスキーのコレクションを見せてもらうことになっているが、私はこうして空想にも近しい記憶と、新たに知る意味を調合しながら、どうやら自らに眠る町の密度を、時間をかけてつくっていくのだ。それを密度、という表現をしていいものかどうかは不安である。あるいは、熟れる、と表現しても間違いではないだろうか。

 透かし絵の古地図や歴史案内をひもといてみることはあるが、落語において、自分がかつての江戸の「まちまち」をそこまで想像できているかどうか、だいぶあやしい。私はそれを今後とも長らく描こうとしていくわけであるが、その認識においては、もう少し工夫が必要のようである。あるいは年月の作用。