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金明竹、 真田小僧、 井戸の茶碗
「オチ研究会 なぜこのサゲは受けるのか?」 第十三回
- 落語
井戸の茶碗 (画:おかめ家ゆうこ)
奥深い「オチ」の世界
落語には、「オチ(落ち)」があり、そこにはいろいろな仕掛けや工夫が込められています。本連載では、〈演じる側の視点〉から、筆者なりにオチのタイプを★〜★★★で分類し、[あらすじ][オチ][解説]の順に紹介します(★の基準は、第一回をご参照ください)。
第十三回は、金明竹★、 真田小僧★★、 井戸の茶碗★★★です。
三十七席目 金明竹 (きんめいちく) ★
[ワンポイント]
噺の肝は、通じない会話。上方訛りと骨董用語に振り回される小僧とおかみさん、その崩壊する伝言ゲームが絶品の可笑しさ。繰り返される言い立てとズレがクセになる、落語ファン必聴の一席。
◆【あらすじ】
骨董屋のおじさんの所に預けられているバカな小僧、松公(まつこう)が店番をしている。雨が急に降ってきて、軒先を借りたい人に傘をあげてしまったり、ねずみを捕るために猫を借りたい人に傘の断り方を言ったり、おじさんの顔を借りたい人(目利きを頼みたい人)に猫の断り方を言ったり、何をやっても上手くいかない。
おじさんが呆れながら店を出て行って、松公が一人で店番をしていると、上方弁の男がやって来て、次のように矢継ぎ早にまくし立てる。
「わてな、中橋の加賀屋佐吉方から使いに参じまして。先度、仲買の弥市が取り次ぎました道具七品のこっで参じました。祐乗・光乗・宗乗三作の三所物。ならび、備前長船住則光。横谷宗珉四分一ごしらえ、小柄付きの脇差、この脇差な、柄前はタガヤサンや言うとりましたが、ほんまは埋もれ木やそうで、木ィが違うとりましたさかい、ちゃっとお断り申し上げます。
自在は黄檗山金明竹、寸胴の花活けには遠州宗甫の銘がございます。織部の香合、のんこの茶碗『古池や蛙飛びこむ水の音』申します風羅坊正筆の掛物。沢庵・木庵・隠元禅師貼り混ぜの小屏風、この屏風なァ、わての旦那の檀那寺が兵庫におまして、兵庫の坊さんのえろう好みます屏風じゃによって、『表具にやって兵庫の坊主の屏風にいたします』と、こないお言づけを願いとう申します」
上方訛りに加えて骨董独特の専門用語などが混じっているので、まったく意味がわからない松公。仕方なくおかみさん(おじさんの妻)を呼ぶが、おかみさんもこの言葉がさっぱりわからない。何度も言わされて根負けした男は、逃げるように帰っていった。
そこへおじさんが帰ってくる。おかみさんから上方弁の男の来訪について聞くが、おかみさんの説明は……
◆【オチ】
「仲買の弥市さんが気が違った」
「遊女を身請けした」
「遊女を寸胴切りにした」
「兵庫に行ったらお寺があって、お坊さんがいて屏風の陰で寝てみたい」
と、しどろもどろで上方弁の男の言った内容がまるで説明できない。
おじさん 「何かはっきりしたことはないのか?」
おかみさん「あっ、弥市さんが古池へ飛び込みました」
おじさん 「古池へ飛び込んだ? あいつには道具七品を買うように手金(=手付金)が打ってあったが、それを買ってか?」
おかみさん 「いいえ、買わず」
◆【解説】
オチ自体は「買わず」と、松尾芭蕉の有名な俳句『古池や蛙飛びこむ水の音』の「蛙」(かわず)にかけて洒落で終わっているだけなので、★とした。
上方言葉は今でこそ馴染みはあるが、以前はクセの強い田舎言葉のような扱いだったのか、この話ではかなり印象の強い人間として描かれる。上方訛りのイントネーションを上手く出せると、より面白くなる。また前半だけでも面白い話なので、『骨皮』(ほねかわ)として独立してやる場合もある。
留守番をさせられる心細い状況は、自分の修業時代を思い出す。
入門して間もない頃、師匠もおかみさんも出掛けて一人で留守番ということがたまにあった。郵便が届いたり、電話があったり。それをメモに書いておいて、おかみさんが帰ったら伝えるのだ。中には、すぐに知らせないといけなかった案件も含まれていて、「なぜすぐに私に電話しないんだ」と怒られることもあった。それが慣れてくると、これは帰ってから伝えればいい、これは先に知らせといた方がいいと案件ごとに緊急性を感じ取れるようになるのだ。
最近のやり方だと、上方弁を早口で言って、それを面白がる松公や女房が言い立て(一連の決まった長台詞)を何度も繰り返させるような描き方があるが、眼目はそこではないように思う。
早口ではなく、上方弁のクセをカルチャーギャップとして、なかなか伝わらないというそのもどかしさを前面に押し出す描き方が自分は好きだ。これも好みではあるが。上方者の言い立ては演者によって微妙に違うが、ほぼ同じで、オチも同じだ。