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上方講談の伝統を未来へ繋ぐ、継承者にして開拓者 旭堂南華(中編①)

「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第35回

上方講談の伝統を未来へ繋ぐ、継承者にして開拓者 旭堂南華(中編①)

今からン年前の南華(『上方芸能』131号より)

瀧口 雅仁

執筆者

瀧口 雅仁

執筆者プロフィール

ふろふき大根と「辞めたらあかんよ」の一言

南華 国文科でしたが、そういうことはありませんでしたね。荻田先生は四代目南陵と親しかったので、「この間、古本屋を一緒に巡って来た」とか、そういう話を耳にしたことはありましたが、ゼミを取ったとか、そういうのはありませんでした。

南華 よく言われたのは、“ちゃんと聞いて、ちゃんとやる”というので、師匠の稽古いうのは、点取りみたいな、大学ノートに書いた自分のマル秘ノートをお経のように読むだけなんですよ。なんの抑揚もつけずに、それを聞いて自分で考えてやれ。だからみんな同じネタをつけてもらってても、やり方が違うから、全然違うものになっていくというものでした。口移しで、“あれはこう”、“これはそう”とやっていけば上達も早いと思うし、教え方としてはとても良いやり方かと。でもそういうのが全くなくて、わからんところがあっても、自分で考えてやるんで、時間はかかるんですけど、それをできるようになったら、自分で書いて作るとかしやすくなるというか。ネタはつけてくれはるんですけど、口調を教えてもらうとかもないんで、袖で聞いたらわかるやろって言われました。

 入門して一年ぐらいで、修業がきつかった時期があったんですよ。師匠の奥さんは亡くなりはっていて、師匠も家でゆっくりしている頃なんですが、私はそれまでお酒を飲む人たちと付き合いもそんなになかったですし、うちの父親が全くお酒を飲まない人だったんで、うちの師匠は朝10時ぐらいから夜寝るまで飲むような感じやったんで、打ち上げとかもありましたし、忙しいこともあって、しんどかったんです。ほんなら十二指腸潰瘍になって、師匠も奥さんがいなくなったんで、私が里芋を焚いたり、おかずを持って行って、一緒にご飯を食べたりしていたんですが、そしたら「ふろふき大根の作り方教えてくれ」言うてきはって、それを書いてたら「辞めたらあかんよ」。その時に辞めそうな顔をしてたんでしょうね。

 「辞めへんかったら続く」というのを聞いて、「ああ、辞めへんかったら続くんや」思うて、「辞めたら終わり」いうのは、よう言うてはって、自分もなんべんも辞めてやろうかと思ったいうような話もようしはりました。「辞めへんかったら続く」ってあたり前なんですけど、「嫌になるな」みたいなことは何遍も言われたことがありますね。師匠は明るくて楽しい人やったんで、「お客さんが楽しみにして来てくれるんやから、楽しんで帰ってもらわないかん」と、よく言うてはりました。