NEW

上方講談の伝統を未来へ繋ぐ、継承者にして開拓者 旭堂南華(中編①)

「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第35回

南華が惹かれる「世話物」の美学

南華 何かなぁ、私は世話物が一番好きなんで、人情話的なものが好きですね。一番これ言うたら『奴の小万』(やっこのこまん)。南海が書いたもの、あれが一番好きですね。

南華 やりましたね。親子の情愛を描いた話も好きですけど、力でなくて、頭で解決していく。ああいった話が好きです。

南華 責任を持つべき人間が、ちゃんと責任を全うするというような、みんなの面倒を見るような、そういうところが好きなんです。道理を通すというか、言いっぱなしではなくて、言ったことはきちんとやり通すといった人が出てくる話が好きで、喧嘩もしなくて、やることをやって、最後にはお父さんが悪かったという展開になる、そういうところですね。

南華 『シン・傾城阿波の鳴門』です(笑)。私のは「シン」が付きます。それに最近は岡本綺堂(おかもときどう)を読んでいます。

南華 『シン・傾城阿波の鳴門』は、私のやり方でやっているんで、最後が違う終わり方なんです。ほんで『近松半二の死』という作品を岡本綺堂が書いているのを知って、続き物の間にこれを一本入れよう思うて、最終回の前にそれを入れたんです。そこから岡本綺堂の戯曲をやりたいな思って、更に『番町皿屋敷』とかやり直したいなと思うて、で、今月(2026年3月)は『牡丹燈記』をやったんです。そういうのを発掘して講談にしたら面白いな思って、中国の妖怪が出てくる怪異物をやりました。

 『近松半二の死』は、文楽が落ち目になってきて、自分が全盛期の時は良かった。お客さんが大勢、朝の早くから並んで、歌舞伎には人が全然来ないのに、文楽文楽と言われて人が来たのに、今はこんなになってしまって、どういうことや。半二が亡くなる日の話で、自分が書かへんかったら、死んでも死に切れんっていう話やったんで、これは面白いと思ったんです。