NEW

同窓会という人生の確認

「噺家渡世の余生な噺」 第14回

同窓会という人生の確認

中学校の卒業式で、制服のボタンを女子に全部取られた後の帰り道

柳家 小志ん

執筆者

柳家 小志ん

執筆者プロフィール

三十年後の教室

 二〇二六年七月下旬。

 母校の中学校の、初めての同窓会が催される。同窓会というと卒業生全体の集まりを思い浮かべるが、今回は同学年だけの集まりである。仲の良かった友人とは折に触れて会ってきた。だが学年全体となると、卒業以来、一度も顔を合わせていない。

 人生には何度か全盛期というものがある。もし私にそんなものがあったとするなら、第一次全盛期は間違いなく中学校時代である。あれほど毎日が楽しかった時期はない。多少の発熱なら学校へ行った方が治りが早かった。医学的根拠はない。だが当時の私には、布団の中より教室の方がよく効く薬だった。

 今でも同級生の名前を聞けば、顔が浮かぶ。三年間のクラス、部活動、文化祭、音楽祭。誰が何をしていたかまで思い出せる。

 そんな人間は少し気味が悪いらしい。

 以前、その母校からPTA主催の落語会兼講演会に呼ばれたことがある。控室担当として入ってきた女性の名札を見ると、結婚して苗字は変わっていたが同級生だった。開口一番、「覚えてる?」と聞かれた。

 私は嬉しくなって、「覚えてるどころか……」と彼女の三年間のクラス、部活動、文化祭での役回り、課外活動の思い出まで語り始めた。すると彼女は、「こーわーいー!」と言い残し、その後一度も控室に現れなかった。

 どうやら私ほどには、皆、中学校時代を覚えていないらしい。

発案者S

 今年の初めだった。

 同級生Sから連絡が来た。同窓会を開くという。Sとは実家が近く、クラスもよく一緒になった。出席番号まで前後の時も多かった。

 だが正直に言えば、彼が同窓会を仕切る立場になるとは思っていなかった。中学時代のSは、決してリーダータイプではない。企画力で皆を引っ張るような男でもなかった。少し抜けているところがあった。

 ところが現在のSは違った。同窓会専用ホームページを立ち上げ、連絡システムを構築し、出欠管理を行い、恩師への案内までしている。時折送られてくる連絡文も実に気が利いている。

 その姿を見て、私は少なからず衝撃を受けた。三十数年という時間は、人をここまで変えるのか。いや、変わったのではない。それぞれが自分の人生を歩いてきた結果なのだろう。