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ころもあればらくあり

「ずいひつかつどお」 第5回

金メダルをとる人生があったかも

 衣替えとは、季節によって衣服を替えること。またそのために収納場所を変更することを指す。暑い夏に着ていたTシャツなどをタンスの奥や押し入れにしまって、冬を越すための暖かいニットのセーターなどを取り出しやすい場所に入れる。なんてことない作業だが、どことなく日本的な雰囲気を感じる。

 落語家は着物などの和服を持っているので、衣替えも一仕事だそうだ。お前も落語家のくせして何を他人事みたいに言ってんだと思うかもしれないが、私はそんなにたくさん着物を持っていないのでちょちょいのちょいなのだ。

 衣替えは、単なる衣服の出し入れに留まらない。人生における転機も衣替えではないだろうか。高校や大学を卒業して就職をするのも衣替えだし、盗んだバイクで走り出した後、軋むベッドの上で優しさを持ち寄り、シンガーソングライターになるのも衣替えだ。

 あまり自分のことを話すのは苦手なのだが、それは落語家としてどうなのかというのは置いておいて、私もたくさん衣替えをしてきたつもりだ。高校卒業して専門学校に行ったが一年経たずにやめてしまい、なぜかパン工場で落雁(らくがん)を作るバイトを始めた。なぜパン工場で落雁を作っていたのかは置いておくが、落雁を生成するスピードが他の人より速かったのは数少ない自慢の一つだ。

 そのまま衣替えせずに社員になっていたとしたら、パン工場で作る落雁オリンピックで金メダルをとっていたことだろう。そしてその経験を生かしパン工場で作る落雁のトレーナーになり、次のメダリスト育成のために粉骨砕身の努力を重ね、選手と一緒に泣き、笑い、人間として成長していたことだろう。晩年にはチームを作り、選手をSASUKEに送り出しては、終わらない青春を楽しむ。

 高齢者になり、病室のベッドで妻に今まで支えてくれてオブリガードと伝え、安らかに息を引き取る。亡くなった後のお供物は、もちろん落雁である。衣替えしなければ、こういう人生もあったかもしれない。