寿限無、 淀五郎、 寝床
「オチ研究会 なぜこのサゲは受けるのか?」 第十回
- 落語
林家 はな平
2026/02/06
二十九席目 淀五郎 (よどごろう) ★★
[ワンポイント]
歌舞伎役者の世界を描いた噺だ。とはいえ、難しい内容ではない。才能を見込まれた若者と、わざと突き放す先輩、そして真正面から支える別の先輩。その三人の関係を知っておくと、この噺は「芸を教えるとは何か」という物語として、ぐっと身近に聞こえてくる。
◆【あらすじ】
初日を前に『仮名手本忠臣蔵(かなてほんちゅうしんぐら)』四段目の塩谷判官(えんやはんがん)の役者が急病で出られなくなる。座頭(ざとう:一座の筆頭俳優)の市川團蔵(いちかわだんぞう)は、まだ相中(あいちゅう:地位が低めの役者)ながら、以前から見込みがあると目をつけていた澤村淀五郎(さわむらよどごろう)を抜擢する。
ここぞと張り切る淀五郎、肝心の四段目「判官切腹の場」では大星由良之助(おおぼしゆらのすけ)役の團蔵は舞台まで来ないで、七三(しちさん:花道の途中で、舞台から三分、揚幕から七分くらいの場所)で平伏したまま。これが何日も続き、評判が悪くなる。
皮肉屋の團蔵なりの叱咤激励だったが、淀五郎にはわからない。困って團蔵に訊くと「本当に腹を切れ! お前みたいな下手な役者は腹を切って死んでしまえ」とやり込められる。
やけになった淀五郎は、明日本当に舞台で腹を切って死んでやろうと心に決め、世話になっている初代 中村仲蔵(なかむらなかぞう)のもとへ暇乞い(いとまごい)に行く。
すべてを察した仲蔵は、「團蔵はお前を見込んで役を当てたんだ」と判官切腹の正しい型から心まで丁寧に教えてくれる。徹夜で稽古する淀五郎……
◆【オチ】
稽古のおかげで、翌日の淀五郎の芝居は見違えるように良くなっていた。
團蔵 「大したもんだ。富士のお山は一日でできたってえが、あの野郎、一晩で判官を作りやがった」
感心しながら團蔵が舞台まで出て、淀五郎の判官のかたわらで平伏をする。
團蔵 「御前(ごぜん)!」
淀五郎 「……待ちかねた」
◆【解説】
落語家がお客様の前で1つの落語をやるまでには、様々な工程を踏んでいる。そもそも、落語は勝手に覚えて勝手にやることは許されない。覚えたい噺があったら、それをやる落語家のところにお願いに行く。実際にその噺を喋ってもらって、それを録音する。ノートに台本を書いて覚える。書かないで音源を聞いて覚える人もいる。
覚えたら、教えてもらった人のところへ“上げ”の稽古に行く。高座でやって良いという許可をいただくのが、「上がった」という状態である。噺が上がれば、やっとお客様の前で喋っても良いのだ。教わって高座にかけるまで、平均して1ヵ月はかかる。これがいわば噺家の必須の作業である。
ただ、真打になってわかったことが1つある。
「教える方がよっぽど大変!」
これに尽きる。私のような噺家でも噺を教わりたいという後輩が来る。その後輩への上げの稽古がとにかく大変だ。「好きにやったら良いよ」と言えればいいが、私の場合は細かく教えてしまう。その時その時の感情だったり、セリフの言い方だったり、細かい部分まで直したくなる。
もしかしたら、これが真打としての責任なのかもしれない。今までは先輩から教わった噺をただやるだけだったのが、今度は教える側に回ったのだ。教えた噺が高座でウケなかったら、自分の責任なのだ。言葉の間違いなどがあっても、それは教えた人の責任にもなる。それくらいの覚悟で教えるようにしている。
さて、『淀五郎』である。皮肉屋の團蔵と親切な仲蔵、二人の教え方はまったく違えど、淀五郎の芸を良くしたいという気持ちだけは一致している。そして何よりお互いに認め合っている。オチの項目には書いていないが、團蔵が淀五郎に感心しながら「仲蔵だな……(=仲蔵が教えたな)」とつぶやくセリフがあって、私はこの落語の中で一番好きなセリフだ。
オチは歌舞伎に詳しいと、より深いものになる。判官の由良之助に対する想いと、淀五郎の気持ちがリンクして「待ちかねた」というセリフが壮大なものになる。落語家もお客様に褒められるより、身内に褒められた時の方が嬉しいことがある。そんな場面である。
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