NEW

微笑みながら中指を

「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第8回

微笑みながら中指を

今でも鮮明に覚えている、あの時の顔……(画:大久保ナオ登)

桂 三四郎

執筆者

桂 三四郎

執筆者プロフィール

ご近所の恐怖

「世間せまないか?」

先月のエッセイのタイトルだけど

東京近郊には3,000万人近くの人が生活している中で偶然、繋がりのある人に出会う確率はどれくらいなのだろう?

「こないだ飲み会の席で、お前のご近所さんと一緒になったで」

兄弟子の幹てつやさんの言葉に、僕は震撼した。

ご近所さん?

いやちょっと待ってくれ

一応、僕は東京の都内に住んでいて割と都心部のほうだ。

ご近所付き合いなんてしてないし、もちろん落語家であることを吹聴して歩いたりはしない。

着物でも出歩かないようにしているし、もちろん表札に芸名も書かない。

基本的にはゲリラ活動であり、極秘任務中の潜入捜査員のごとく、素性を隠しながら暮らしている。

たまに「何の仕事をしてらっしゃるんですか?」と聞かれる時もあるけど、毎回

「ファッションコンシェルジュです」
「アシスタントオーガナイザーです」
「フードプロセッサーです」

など、ありそうでなさそうな職業を並べて誤魔化してきた。

フードプロセッサーに至っては、調理器具だ。

そんな僕がご近所さんに素性がバレている。。。

なぜバレたのだ? 毎日顔を合わせる隣人にはきちんと挨拶をし、ゴミ出しのマナーも守っている。

いや、まだわからない。

ご近所さんが僕のことをフードプロセッサーとして認識している可能性もある。

「実はうちの近所にフードプロセッサーの方が住んでるのよ~」
「え~? 気をつけないとみじん切りにされちゃうんじゃな~い?」

こんな会話で盛り上がってる可能性もある。

「ご、ご近所さんって、だ、誰ですか?」

手先の震えを隠しながら尋ねてみると、僕の心中を知らない幹さんは

「いや~、何か言うてはってん。『うちの隣になんか変な人が住んでいるのよ~』って」

変な人!! しかもお隣さん!!

あんなににこやかに挨拶していたのに、変な人認定されていたのか!!

ゴミのマナーも守ってきたのに!!

密告者は誰だ

幹さんは、さらに続ける。

「『なんか平日の昼間もウロウロしてると思ったら、夜中に帰ってくるし、毎日大きな荷物を持ってうろついてるの』言うてたわ」

まだ大丈夫だ。バレてない、バレてない……。

「『たまに部屋で大きな声で独り言を言ってるみたいなのよ』言うててな、『それはヤバいやつ、住んでますね~』って盛り上がっててん」

頼むから、盛り上がらんといてくれ……。

「『そいつ何なんですか? 危ないから関わらんほうがいいですよ』言うたら『それがどうもお笑い芸人みたいなのよ、なんか「桂」とかいう』」

桂ーーーーーーーーーーーーーー!!!!!

いや、まだ桂銀淑(ケイウンスク)さんの可能性も捨てきれない。

「え? 桂っていっぱいいてますよ? 下の名前なんですか? 『え、たしか桂三四郎』言うて…」

バレてるーーーーーーーー!!!

めちゃくちゃにバレてるーーーー!!!!!!

「『あー桂三四郎って、僕の一門ですよ。怪しくないので、安心してください』って言うといたから、大丈夫やで!」

と、笑う幹てつやさんに精一杯の作り笑顔でお礼を言いながら内心、気が気ではなかった。

大丈夫ではないのだ。

怪しまれててもいいから、素性がバレてないほうが安心なのだ。

そういえば、お隣さんも挨拶の時に初めは距離をとってたはずなのに

いつの間にか笑顔で挨拶を返してくれるようになっていた。

僕のスパイとしての能力で、近隣の方の心に忍び込むことができたと思っていたが

もしかしたら幹さんの一言がきっかけで、安心して笑顔で挨拶を返してくれるようになったのかもしれない。

なぜ素性がバレたのか……。

それだけが疑問だ。。。

きっと密告者がいるに違いない……。

いつか見つけ出して左の瞼をちぎって、キクラゲの代わりにして豚肉・卵と一緒に美味しく炒めてやる……。

それにしても世間は狭い……。

まさか、お隣さんと幹てつやさんが繋がるとは思わなかった。

これを機会にホームパーティーに招かれるかもしれない。。。

「よかったら一席披露してくださらない?」

ということにもなりかねない。。。

まあ間取りは、僕のうちとさほど変わらないはずなので、落語を披露するスペースはないはずだけど……。