微笑みながら中指を
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第8回
- 落語
千林大宮の洗礼
3年間の修業が終わって初めて住んだ街「千林大宮」。
大阪のロケ番組で度々登場する千林商店街は、喫茶店とたこ焼き屋が交互に10数メートルおきに乱立する不思議な商店街。
初めて自分のお金で借りたマンションでの一人暮らし。
修業という監獄から抜け出し、さあこれからという時に事件は起きた。
夜、22時頃だっただろうか?
いきなり部屋のドアが
ガンガンッ!! ガンガンッ!!
金属でできたドアをなんか固いもので叩いたような音がした。
ノックにしてはあまりにも乱暴だし、インターホンもあるのになと思い、ドアを開けるといきなりこう捲し立てられた。
「わしゃ、この上に住んどるもんじゃけど、うるさくて寝られんのよ!! 静かにしてくれんかの!!!」
文字に起こすと、広島出身の作業員のおじさんが明日の朝早くて寝られずに怒ってるように聞こえるが
立っていたのは、ちっちゃめのおばあさんだった。
ただ、そのいでたちが奇妙で
痩せこけた頬に、頭は丸坊主、黒のTシャツに、ジーパンにジージャンのセットアップ。
そして、映画「マトリックス」のキアヌ・リーブスのようなサングラスをかけている。
手には先ほど僕の部屋を激しくノックしたであろう杖が握られている。
「いや、そんなうるさくしてませんけどね……」
マトリックスばあさんは、サングラスを取って鋭い眼光で僕を睨みながら
「テレビの音がうるさくてびっくりするんじゃ!!」
「そうですか、そんな大きくないですけど気をつけますね」
「おお、わかったらええんじゃ」
この日はそれで終わったが、それ以来、何か部屋で音がするたび
ガンガンッ!! ガンガンッ!!
杖でドアを叩き、クレームを入れてくるようになったのだ。
「夜遅くに足音を立てるな」
「夜中にシャワーを浴びるな」
「いびきの音がうるさい」
挙げ句の果てには
「布団をめくる時の衣擦れの音がうるさい」
ここまでくると完全に嫌がらせだ。
流石の僕も参ってしまい、不動産屋に相談すると、あっさりと同じオーナーさんの別の部屋を用意してくれた。
後から聞いた話だと、近所のスーパーでクレームをつけて商品を値切ることで有名な迷惑ばあさんで、野良猫を餌付けしたり、小学生をわけもなく怒鳴りつけたりするヤバいばあさんだったそうだ。
降臨!!!
早々に引越しを終え、まあ最後に掃除だけでもやって帰ろうと思い
音を立てないよう静かにほうきで掃除をし、短い間の思い出を振り返りながら
そーっと元の家を出て、そーっと鍵を閉めた。
カチャ……。
すごく小さな音だったけど、またあのばあさんが怒鳴りにくるんじゃないかと頭をよぎった瞬間
――ちょっと待て、なんで俺がこんなにビクビクせなあかんねん!
――こっちは何一つ落ち度はないのに、ヤバいバ◯アのクレームで引越しさせられとんねん!!
――衣擦れの音にびっくりして寝られへんくせに、何でこっちの意見をなんべんも「へぇっ!?」って聞き返してくんねん!!!
色んな思いが込み上げてきた。
腹が立った僕はもういちど鍵を開け
金属製のドアを思いっきり
バァーーーーーーーーーーンッ!!!!!!!!!!!!!!
と閉めてみた。
その瞬間、僕の中で何かが弾けた……。
バンバンバンバンバンバンバンバンッ!!!!!!!!!!!
今までばあさんに受けたストレスを、このドアの開け閉めに全てぶつけて大きな音を鳴らし続けた。
関係ない他の部屋の方には本当に迷惑だったと思うし、申し訳ないことをしたと後になって思いはしたが、その時はもう止まらなかった。
バンバンバンバンバンバンバンバンッ!!!!!!!!!!!
すると上の階から
バァーーーーーーーーーーンッ!!!!!!!!!!
と勢いよくドアが閉まる音がしたかと思うと
ものすごい形相のマトリックスばあさんが飛び出してきた!!!!
今まで見たマトリックスばあさんの中で、一番怖い顔をしている。
人の顔はその人が生きてきた年輪だと言われているが、このばあさんは一体どんな人生を過ごしてきたらこんな怖い顔ができるんだろう。