手紙 ~拝啓、四十八の君へ~

「噺家渡世の余生な噺」 第11回

四、幾代餅という希望

落語に「幾代餅」という噺がある。
搗き米屋の職人・清蔵が、吉原の花魁・幾代太夫に恋をする。

努力と誠実さを積み重ね、ついには想いが通じる――
報われる噺である。

多少の脚色はあるだろう。
だがこの噺は、多くの人の胸を打つ。

勤勉であることをどこかで信じている私たちは
清蔵が報われることに安堵し、そして、自分もそうありたいと願うのだ。

では、私にとっての花魁とは何か。
名声か。地位か。満員御礼の札か。

いや、そうではないのかもしれない。

誰かが、「ありがとう」と言ってくれる瞬間。
誰かが、「楽しみです」と待っていてくれる時間。
誰かが、「小志んのために」と報いを求めない愛をくれる出来事。

そのひとつひとつが、私にとっての“幾代太夫”なのではないか。

形や肩書きではなく、感謝の気持ちを感じられる出来事が訪れることこそ、
報いなのかもしれない。

拝啓、四十八の君へ。
まだ道半ばでいい。満員でなくてもいい。

ただ、来てくださった人の顔を忘れるな。
自分のために頭を下げてくださった人の姿を忘れるな。

六十の君が、この手紙を読み返すとき
少しでも、胸を張って笑えていれば――
それで、上出来ではないか。

敬具。

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