NEW

〈書評〉 はい、出前落語です 北の噺家=落語活動家の誕生 (東家夢助 著)

「芸人本書く派列伝 クラシック」 第17回

函館で見つけた自分の落語

 これまで廃業したり、途中で命を絶ったりした落語家の著書を何冊か読んできたが、著者には感情移入できないことが多かった。落語には文化の脈絡があり、それを理解して受け入れることがプロには求められる。それに合わなかった不幸に同情はするものの、初めからわかっていたことではないか、とも思ってしまうのである。

 本書の場合、あまりにも著者と落語界とは最初から文化が違いすぎていて、ああ、それは辞めてしまうだろうな、と納得させられる。修業生活7年間で自分を見つけられたのだから、よかったのだ。

 もう落語はやらないという約束で働き始めた函館労音だったが、元の稼業が露見し、周囲からせがまれるようになる。月に1回、高座を務めることになったのは、事務局長に説得されたからだった。

 栗の助=小三太は、頼まれて落語家になったのではなくて、なりたくてなった。だから、自分勝手にやめることもできた。今度はそうではなくて、大勢の人がやってもらいたいと願っている、だから自分勝手にやめることは許されない、もしやめるときは彼に落語をやってもらうことを希望した全員に理由を説明し、納得してもらってからやめてもらいたい。そういう説得の言葉だったという。

 こうして「人に頼まれて落語家となるおそらくはじめての落語家」東家夢助が誕生する。前述したように活動は函館に留まらずに広くなり、東京からやってきたかつての師匠・小さん、林家正蔵との再会も果たす。正蔵からは高座において、伯父・甥の関係にあたる夢助を引き立ててやっていただきたいという口上も貰えたのである。これが芸人人生の頂点であっただろう。

 以前に紹介した三遊亭円之助『はなしか稼業』(平凡社ライブラリー)に、このころの夢助がちらっと出てくる。関心のある方は読んでみていただきたい。

 なるべくしてなった人ではなく、初めは浮ついた心でなった落語家だったのだと思う。落語界の中だけで生きていたら齟齬には気づかなかったが、外部に触れることで東家夢助は自身のずれに気づき、かなり遅かったがそれを修正した。幸せな生き方だったのではないだろうか。

 落語家としては大成しなかったが、落語活動家としては充実した人生だった。そういう人だったと思う。

▼第五十一回 たそがれ講談会(YouTube)

(以上、敬称略)

▼杉江松恋 X

  • 書名 : はい、出前落語です
  • 副題 : 北の噺家=落語活動家の誕生
  • 著者 : 東家夢助
  • 出版社 : 草の根出版会
  • 書店発売日 :1986年8月
  • ISBN : 9784876480081
  • 判型・ページ数 : 四六判・217ページ
  • 定価 : ―

(毎月29日頃、配信予定)