初夢で逢えたら
「マクラになるかも知れない話」 第六回
- 落語
三遊亭 萬都
2026/01/24
巨木の森を抜けると、異世界だった
「すみません!」
私は、紳士を呼び止めた。紳士は何も言わずに、振り返ってこちらを見た。
「止まってくれ」も「休ませてくれ」も、なんとなしに言いづらい。どうしようかと思った時、奇妙なものが目に入った。
目の前の巨木の中ほどより少し上に、円盤がひとつ張り付いている。
碁石のような形で、木に縦になって張り付いている。そしてこれも大きい。河原にあるような野球場なら、ひとつすっぽり入ってしまうような大きさだ。
この円盤がまわりの木々一本一本に、ひとつずつ張り付いている。
「あ、あの! あれは何ですか」
私は、円盤を指差した。
紳士は、自身がのっかっている木に張り付いた円盤を見上げて言った。
「あれはやどかりです。」
「ヤドカリ?」
「そう、やどかり」
「ヤドカリがなんでまた?」
私は紳士の近くまで行き、座り込んで休みながら聴いた。
「この巨木たちがまだほんの小指のような若葉のころ、どこからともなくこのやどかりはやってきます。その時は、このやどかりも可愛らしいボタンのような大きさで、木によじ登って木と共に暮らしはじめるのです。この木々は、たくさんの養分をたくわえていて、それを狙った虫たちがやってくる。その虫をあのやどかりが鋭い手足をふりまわして退治するのです。代わりに木はいくらかやどかりに養分を下ろしてやる。やどかりはそれを身の養いにします。また、やどかりに倒された虫の死骸は、木の根に組み込まれて木の養分になる。こうやって共に何億年、何十億年と暮らすうちにこのような大きさになるのです」
私は木とヤドカリを交互にながめた後、何か言いたいと思ったが、言葉にならなかった。
紳士は、また歩き出した。さっきより幾分ゆっくりと歩いてくれている。それでもヒイヒイと言いながらなんとかついて行く。
どのくらい歩いたのか、紳士はまたピタリと止まって言った。
「着きました。ようこそ、私どもの国へ」
森は「ここまでです」と線を引かれたように唐突に終わっていた。
森の出口から先は、遠くの方までよく見渡せた。黄色の短く刈り込まれた芝がどこまでも続いている。その平原の所々に平たい石がある。おそらく背の高い彼らの飛び石なのだろうが、あまりに間隔が空きすぎて、私には用をなさないだろう。
飛び石の先にテントの骨組みのような三角錐の組み木があり、その中に大きな球体が入っている。これがいくつもある。どうやらこれが彼らの家らしい。窓がついていて、恐ろしく背の高い人々が中で椅子に座ったり、何かを飲んだりしてくつろいでいるのが見える。
さらにその先には湖があり、そこにもこの球体の家がぷかぷかと浮いている。なぜひっくり返ってしまわないのかはわからない。湖より先は、あたたかそうな山が連なっている。
紳士は言った。
「ここから一歩踏み込むと、私どもの国でございます。皆、あなたを待っています」
「そうですか」
「ええ、一応確認しますが、この国では松平健のファンでないものは銃殺されますが、よろしいですか?」
驚きのあまり、起きてしまった。そんな初夢。

▼三遊亭萬都公式サイト
(毎月25日頃、掲載予定)
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―― 三遊亭萬都『マクラになるかも知れない話』シリーズ連載一覧
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