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シン・道楽亭、誕生前夜から今へと続くキャリー・ザット・ウェイト Part.3

月刊「シン・道楽亭コラム」 第13回

 初七日まで喪に服す中、私は仕事の合間に、机上の空論をブロックを積み上げては壊してという具合に、頭の中や手書きのメモの中で繰り広げ、またご破算にして考え直して、という模索を続けていた。

 家賃は分かっていた。シン・道楽亭として新たに賃貸契約を結ぶ際に、大家さんが家賃をどれくらい上げてくるのかも、不動産業者経由で聞いていた。固定費は電気、ガス、水道代にWi-Fiの通信費。家賃と合わせると、気が重くなる数字がはじき出される。

 老後の小遣いとして貯めた小銭が多少はあったが、それだけではどうにもならない。「共同席亭」には出資もお願いして運営にも携わってもらう、という虫のいい考えに徐々に私は傾き始めていた(具体的な人集めは、次回以降に!)。

 その考えを共有し、手を挙げてくれる人が、果たしてどれだけいるのか。どうやって声をかけるのか。

 今にしてみれば、まことにお粗末極まりなく、お恥ずかしい限りだが、私は「7人ぐらいで運営できれば、一人頭、月に4~5日程度の担当で店を回せるのではないか」と安直に考えてしまった。声をかける大前提は、落語好きであること。私の中には、落語好き=いい人、という方程式があるため、嫌な思いはしないだろうという勝手な思い込みがあったが、実際はそんなことはない。

 私の引き継ぎの動きに対し、SNSなどで「問題は、ご遺族が了承されているかどうかということ。それを知りたい」と何度も絡んでくる方がいた。その方は、落語会を開催している世話人で、私も存在は知っていた。いちいち反応はしなかった。いずれはっきりすれば、沈黙するだろうと考えていた。

 「シン・道楽亭」を再開する際、東京かわら版に宣言の広告を出した。その一文に「ご遺族の了承を得て引き継ぐことになった」と記した。相手は沈黙した。その方は今もチラシを持って、シン・道楽亭に「出演者の許可はもらっているので、置いてください」と協力要請にやって来る。なかなか厚顔でたくましい。