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第十話 「オチログ」

「令和らくご改造計画」

#6

 数日後、本当にアプリは完成した。

 そして、れびうの予言通り、節操のない演芸ファンたちによって、その存在はあっという間に拡散された。

 しかし最初は、それぞれのファンが自分の推しの落語家に高評価を付けるだけだった。だから、ほとんどの落語家は、星4以上という高評価を得ていた。

 ただし、レビュー数はそう多くない。

 問題は、そこからだった。地方営業や学校寄席など、初めて落語を聞く人たちが、率直なレビューを付け始めたのだ。すると、落語家たちの評価は少しずつ下がっていった。最終的には、多くの落語家が星3.5あたりに収束していく。

 一方で、現場ごとにきちんと客席へ合わせられる落語家だったり、売れっ子は星4.5などの高評価を獲得した。逆に、観客を置いていきがちな芸人は、星2台に落ち込んでいく。

 かなりリアルな分布になってきた。

 さて、こうなると、オチログは落語家の商品カタログのように扱われ始めた。評価の高い人は現場で重宝され、評価の低い人は少しずつ仕事が減っていく。飲食店と同じことが、落語家にも起き始めたのである。

 すると、落語家たちは急に工夫を始めた。

 「今日は二席の予定でしたが、オチログにレビューを書いてくれるなら、三席やります」

 そんなことを言う者が現れた。

 「レビューを書いてくれた方には、帰りに手ぬぐいをプレゼントします」

 という者もいた。

 さらには、オチログでクーポンを発行する者も出てくる。

 「4名様以上で幹事様1名無料」
 「お会計から10%OFF」
 「【平日限定】飲み放題半額」

 もうめちゃくちゃである。そもそも飲み放題があったのか。とにかく、あの手この手でレビューを上げようとする者が現れた。

 よっぽど節操のないのは、芸人のほうじゃあないか……と思わざるを得ないが、案外、活用の幅が広く、結局モチベーションの向上にはつながっているのかもしれない点においては、そう悪いことばかりでもないのかもしれない。

#7

 しかし、数か月が経つと、いよいよ問題が見えてきた。

 そう。落語家は、非常に「打たれ弱い」のである。ネットを見ていればわかると思うが、多くの落語家は、ちょっとした意見にも過敏に反応する。怒ったり、落ち込んだり、それをまた発信したりもする。

 個人で身を守るしかないとはいえ、他の業界と比べても、かなり打たれ弱いのだ。そんな連中が、オチログのレビューで次々と気分を落ち込ませていく。

 そもそも書かれたからと言って、すべてのコメントを見る必要もないのだが、落ち込みやすい人に限って、なぜか張り付くように監視してしまうのだ。

 ……例の5ちゃんねるの件も、そういった傾向があるだろう。

 そうなると、皮肉にもオチログの「オチ」が、落語の「オチ」ではなく、気分を落ち込ませる「堕ち」にすら思えてくる。

 中には、低い評価をどうにかしようと、自分で複数のアカウントを作って、いわゆるサクラ行為で評価を上げようとする者もいた。しかし、地方や学校寄席で実際に新規のお客様から何十件という評価が付くようになると、そんな小細工は焼け石に水である。

 さらに厄介なのは、オチログが落語家として活動している以上、自動的に登録される仕組みだったことだ。プロの落語家であれば、本人の意思に関係なく掲載される。レビューも勝手に付き始める。

 申請して掲載をやめることはできるのだが、今やオチログに載っていない落語家は、イベント会社からも選ばれにくくなっていた。つまり、オチログをやめることは、芸人としての死を意味する。だから、やめられない。

 だが、載り続ければ、心が削られる。

 その結果、オチログを苦に休業へ入る落語家が後を絶たなくなった。中には、いい腕を持っているのに、他人の評価をダイレクトに受けることに耐えきれず、活動を諦めてしまう者まで出てきた。

 これでは本末転倒である。落語の質を上げるために作られたはずのオチログによって、良い高座を務められる落語家まで減っている。

 結果として、全体的な落語の質はむしろ下がってしまった。

 ただ、同時に思った。

 「これだけ強力な淘汰が、どこかで一度必要だったのかもしれない」と。