松竹梅、 お見立て、 火事息子

「オチ研究会 なぜこのサゲは受けるのか?」 第十八回

松竹梅、 お見立て、 火事息子

火事息子(画:おかめ家ゆうこ)

林家 はな平

執筆者

林家 はな平

執筆者プロフィール

オチがもっと面白くなる落語入門!

 落語といえば、やっぱり最後の「オチ」。ひと口にオチと申しましても、そこには笑っていただくための、いろんな仕掛けや工夫が隠れております。この連載では、そんなオチを〈演じる側の視点〉から、「あらすじ」とともにやさしく解説。さらに、その仕掛けを★〜★★★の三段階で分類いたします(★の基準は、第一回をご参照ください)。

 第十八回は、松竹梅、 お見立て、火事息子の三席。それぞれ、いったいどんな仕掛けで最後の笑いにつながるのか。初心者の方でも楽しめる、オチがもっと面白くなる落語入門の幕開きでございます。

五十二席目 松竹梅 (しょうちくばい) ★

[ワンポイント]
松五郎、竹三郎、梅吉。三人合わせて「松竹梅」という、いかにもめでたい顔ぶれが婚礼の余興に挑む噺である。噺家といえば、今は高座で落語を演じる姿が浮かぶが、かつては宴席に呼ばれ、さまざまな芸を披露した。この噺には、そんな時代の芸人の姿が息づいている。

◆【あらすじ】

 伊勢屋の若旦那の婚礼に呼ばれた、町内の若い衆三人組。

 松五郎、竹三郎、梅吉の三人が揃うと「松竹梅」となって、おめでたい。せっかくだから、よい余興ができないかと隠居に相談し、芸を伝授してもらう。

 まず松五郎が能狂言のような節回しで「なったぁ、なったぁ、蛇(じゃ)になったぁ。当家の婿殿、蛇になったぁ」、次に竹三郎が「な~に~蛇にな~られたぁ」と続けて、最後に梅吉が「長者にな~られた」と言うもの。これを三人が四苦八苦して覚える。

 婚礼の場で、松五郎と竹三郎はなんとか上手くいくが、梅吉がとぼけた男で「長者」を「大蛇」と言ったり、しまいには「亡者(もうじゃ)」と言ってしまう。

 慌てて隠居の元へ戻ってくる松五郎であったが……

◆【オチ】

隠居 「どうだった? 上手くいったかい?」
松五郎 「それが梅の野郎が『大蛇になった』『番茶になった』、しまいには『亡者になった』なんて言う始末で……」

隠居 「そりゃしくじったねえ。で、梅さんは今どうしてる?」
松五郎 「さすがに決まりが悪いようで、床の間で真っ赤になって丸ぁるくなってます」

隠居 「それは心配ない、名前が梅さんだ。今ごろ、めでたくお開きになってるだろう」

◆【解説】

 
 元は上方落語だそうで、オチは「亡者になられた」だったそうだ。

 実際の高座でも圧倒的にこのオチが多いが、私は上記の最後のオチまで行くことが多い。会の「お開き」と、花が「開く」とかかっている。簡単なオチだが、妙に感心してもらえる。

 噺家は、昔は結婚式の司会や余興に行ったもので、私も数回だが経験はある。司会は拘束時間が長いし、余興はウケないし、あんまりやりたくない仕事だが、経験だと思って行った記憶がある。知っている人同士の結婚式ならまだしも、知らない人の結婚式に行って笑わせるのはなかなか難しい。

 昔は、そういう時のための余興のテンプレートみたいなものがあって、みんなで使い回したようだ。実は私もある先輩に教わって使ったところ、もう50年来の古いネタなのに妙にウケた覚えがある。余興のテンプレートは強いのだ。

 今は余興の仕事(落語以外のことをやる仕事)が減ってきたように思う。「噺家は、落語を喋る人」というのがちゃんと定着した証拠だ。昔は、噺家は噺家である以前に芸人だった。呼ばれれば、どこへでも行って余芸を披露したり、小噺をしたり、いろいろなことをやったそうだ。

 それが今は、落語だけで食べられるようになった。なので、集まりに呼ばれて行ったとしてもキチンと落語をやらせてもらえるのだ。噺家が噺家になったのだ。先人たちが余興で戦ってくれたおかげかもしれない。

 なったーなったー噺家になったー、である。