NEW

ありがとうございました、龍玉師匠 ~112席の宝物

月刊「シン・道楽亭コラム」 第18回

前世は殺し屋、それとも伝道者?

 いわゆる圓朝物だけでなく、龍玉師匠は誰もが避けたくなるような長編の噺をお持ちでした。「双蝶々」「大坂屋花鳥」「四谷怪談(お岩誕生)」「栗橋宿」「真景累ヶ淵(宗悦殺し、豊志賀、お久殺し、お累の自害)」「牡丹灯籠」「乳房榎」「女殺油地獄」などです。

 これらに共通しているのは、「殺し」の場面があること。鋭い眼光が生み出す表情の豊かさ、長い腕と長い指を効果的に使う所作、強弱と間合いの絶妙なコントロールによる語り。圧倒的な迫力でした。前世は殺し屋だったのかも、と思わされるような緊迫感に満ちた高座には、心拍数が何度も跳ね上がったものです。

雲助師匠との「双蝶々」親子リレーは圧巻でした(2025年9月23日、日本橋社会教育会館)

 しかし、龍玉噺はただの「殺し」ではありません。たとえば「大坂屋花鳥」の博打や斬り殺し、放火に代表されるピカレスクロマン。そこに描かれるのは、人道的に決して許されない行動を起こす人間の物語です。

 龍玉噺の真骨頂は、因果応報を単なる道徳律として描くのではなく、堕ちていく人間たちの哀しみや、その奥にある愛を感じさせるところにありました。ですから私にとっての「殺しの龍玉」とは、意外にも懐かしい仏法の「語り」と記憶の奥底で結びつくのです。

 個人的な話で恐縮ですが、私の祖父は岐阜の田舎町で医院を開く一方、浄土真宗の伝道者でした。幼い頃、正月に祖父の家に行くと、仏壇の前で正座させられ、30分ほど仏法の「語り」を聞かされました。飽きて気を紛らすために眺める窓外の美濃の雪深さは半端なく、とても美しかったことを覚えています。

 龍玉師匠の「鰍沢」「夢金」の雪景色は、あの頃の記憶をよみがえらせます。凄惨な殺しの場面は、美しい語りとして、私の心に刻まれたのです。