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ありがとうございました、龍玉師匠 ~112席の宝物

月刊「シン・道楽亭コラム」 第18回

もっと聴きたかった、新しい挑戦

 龍玉師匠が新作を演られると聞き、うかがった会が「きく麿レストラン特別編 きく麿作品集」。林家きく麿師匠の作品を同期の落語家の皆さんが演じる企画で、龍玉師匠の演目は「首領(ドン)が行く!」でした。

 不安げに噺に入る龍玉師匠をよそに、客席は大爆笑に包まれますが、その笑いのあまりの大きさゆえに、師匠は絶句。舞台袖のきく麿師匠に声を掛けて、最後までたどり着くという貴重な高座でした。私が足を運んだ最後の独演会でも再演され、すっかり自分のものになさっていました。きく麿師匠作の「二個上の先輩」も聴いています。

 2026年8月に開催された「三代目 蜃気楼龍玉を偲ぶ会」で上映された「露出さん」(春風亭百栄師匠作)にも感慨深いものがありました。というのも、この演目は龍玉師匠が晩年あちこちで掛けていたのを知っていたからです。百栄師匠が「龍玉版だね」と感心されていたという話も聞くことができました。

 原作の一言一句を変えていないにもかかわらず、どの噺も龍玉ワールドになっていました。古典を中心に演じてこられた龍玉師匠の新しい一面。新作が古典化していく過程を見ているような気持ち。ここからの龍玉師匠はいよいよ面白い、と思った矢先の訃報でした。

龍玉師匠が描いた、美しくも危うい異世界

 私が好きな噺家のおひとり、柳家三三師匠は「自分の気配をなくし」、登場人物に人格を与えるようにしゃべるので、現実世界に落語の世界が降りてくるような仲間感覚が生まれます。

 一方、龍玉師匠の噺では「自分がしゃべることは、すべてつくりごと」、すべてがお芝居なのだという結界が張られ、異世界体験となる唯一無二の感覚を味わいました。

 女性の登場人物の描写も非常に丁寧でした。花魁(おいらん)、蹴転(けころ)、長屋のおかみ、娘っ子、お袋さん、気丈な年増など、その描き分けがとても細やかで美しかった。

 龍玉師匠は時々、男性の登場人物に舌打ちをさせていましたが、あれは師匠自身の何かに対する舌打ちだったのかもしれません。私の脳裏には、「駒長」「お直し」では坂口安吾の「生きよ! 堕ちよ!」(堕落論)、「やんま久次」「大坂屋花鳥」ではゴダールの映画『勝手にしやがれ』が浮かびました。