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天狗裁き、 親子酒、 二番煎じ

「オチ研究会 なぜこのサゲは受けるのか?」 第十五回

天狗裁き、 親子酒、 二番煎じ

二番煎じ(画:おかめ家ゆうこ)

林家 はな平

執筆者

林家 はな平

執筆者プロフィール

奥深い「オチ」の世界

 落語には、「オチ(落ち)」があり、そこにはいろいろな仕掛けや工夫が込められています。本連載では、〈演じる側の視点〉から、筆者なりにオチのタイプを★★★で分類し、[あらすじ][オチ][解説]の順に紹介します(の基準は、第一回をご参照ください)。

 第十五回は、天狗裁き親子酒★★二番煎じ★★★です。

四十三席目 天狗裁き (てんぐさばき) 

[ワンポイント]
落語には、一度オチを知ると印象が変わる噺がある。この噺もその一つである。最初に聴いた時は結末の意外さに驚き、二度目からは途中のやり取りをじっくり味わう楽しさがある。繰り返し聴くほど、演者の工夫が見えてくる奥深い一席である。

【あらすじ】

 家でうたた寝をしているハチ公が、妻に起こされる。

 寝言や寝顔がおかしかったので、妻は「どんな夢を見ていたの?」と尋ねるが、ハチ公は「見てない」という。「そんなはずはない」と妻がしつこく尋ねるうちに、夫婦喧嘩になる。

 そこへ隣人が仲裁に入る。妻を追いやってハチ公に「どんな夢を見たんだ?」と尋ねるが、やっぱり「見てない」という。

 同じように喧嘩になって、今度は大家が仲裁に入る。大家も「夢の話を教えろ」と言うが、やはりハチ公は「見てない」と言う。激怒した大家は、ハチ公に「長屋から出ていけ」と言い、終いには奉行所へ訴え出る。

 『ハチ公が見た夢の話を物語らん為に店立て(たなだて:立ち退き)を申し付ける』

 あまりにくだらない訴えに奉行は呆れながら、ハチ公以外を帰らせる。二人きりになったところで、奉行もどんな夢を見たのか尋ねる。ハチ公は「見てません」と答えると、怒った奉行はハチ公を庭の松の木に吊るすよう配下の役人に命ずる。

 途方に暮れるハチ公だったが、どこからともなく突風が吹くと、身体が宙天高く舞い上がり飛ばされる。気がつくとそこは山奥であった……

【オチ】

 目の前に大天狗がいる。天狗は空から一部始終を見ていたと話す。そしてやはり夢の話を尋ねてくる。同じように、ハチ公は「見てない」と言うと、怒った天狗はハチ公の首を掴む。

 天狗の長い爪が食い込んで、苦しむハチ公。

ハチ公 「あぁー、痛い痛い、あぁー、うーー、うーーー……」
妻 「ずいぶんうなされてるねぇ、この人は。お前さん、起きておくれよ。どんな夢見たの?」

【解説】

 
 はじめて聴いた時だけ、衝撃のあるオチである。逆に二回目以降にそのインパクトはない。その意味での(一ツ星)である。

 この噺の眼目は、いろいろな人が「夢の話」を聞き出そうとするところにある。あの手この手を使って、攻めてくる。その違いをいかに見せられるかが噺の肝だ。「どんな夢見たの?」をただ繰り返しても笑いにはならない。演者が女房、隣人、大家、奉行、天狗と多様な登場人物の変化を描けないと笑いにならない。

 『今までのはすべて夢だった』というのは、落語の中で使われる技法の一つだ。主人公がうなされて、誰かに起こされたら夢だったという演出はたまにある。ところが、この噺はそれ自体をオチに持ってきて、また「どんな夢を見たの?」とループさせて終わるのだ。

 最初に戻るので「廻りオチ」とも言われるが、オチの分類自体にはあまり意味がないので、覚えなくて良いと思う。試験にも出ない。

 ちなみに、天狗が登場するのは上方では鞍馬山、江戸では高尾山になっている。