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レンズ豆のスープ

シリーズ「思い出の味」 第21回

 フラメンコ人たちが集まるクラブなどでは、ロマでもなければ、スペイン人ですらない余所者(よそもの)は、なかなか彼らの輪の中には入ってゆけないものである。

 「フラメンコ」という言葉は、固有名詞であるばかりでなく、彼らの間では形容詞としても使われる。

 「あいつは、どえらいフラメンコだ」

 となれば、彼らの間では最高の賛辞なのである。この形容詞があてはまらなければ、彼らの輪の中には容れてもらえない。

 「みんな、この日本人のにいちゃんは、フラメンコだぜ」

 ビクトールはそう言って、私を彼の仕事仲間に紹介してくれるようになった。

 以来、私はペパという名の彼の母親が営む食堂で、彼と食事をするようになった。食事の後は、私がギターを弾き、ビクトールが歌った。

 そのビクトールを精神の病が襲った。彼は引きこもり、痩せ、歌わなくなった。

 ある時、彼の母親であるペパから頼まれ、私は食堂にギターを持参した。

 「ねえ、ここでギターを弾いててちょうだい。きっとビクトールは部屋から降りてくるわ」

 果たして、その通りになった。

 ビクトールは大きな体を引きずるようにして店のテーブルに着き、虚ろな目でスープをすすっていたが、やがてスプーンを置くと、私のギターに合わせて歌い始めた。

 ペパはカウンターの奥から私に向かって頷き、私も頷き返した。

 その後、私が空きっ腹を抱え、頬のこけた顔で店に現れることがあると、ペパは必ず、何も言わずにレンズ豆のスープなどを出してくれた。

 金も一切取ろうとしなかった。もとより、そういう時の私の懐が空であることも、見抜いていたと思う。

 十八年ほど前、スペインからビクトールの訃報が届いた。

 ビクトールにもペパにも、直接の恩返しはできていない。

(文中、敬称略)

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(了)