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レンズ豆のスープ

シリーズ「思い出の味」 第21回

レンズ豆のスープ

今も思い出す、懐かしい味と、かけがえのない時間の記憶

天中軒 景友

執筆者

天中軒 景友

執筆者プロフィール

 三月は卒業式の季節だ。

 大概どこの卒業式でも、父兄の代表者が謝辞を述べるのが慣例のようだが、先日、私の娘の小学校の卒業式で、私にお鉢が回ってきた。

 「あの時、先生方は、自分たちの気づかないところで、こんなことをしてくれていたのではないか。あの友だちは、こんなことを考えてくれていたのではないか……。それに気づくには、二十年、三十年とかかるかもしれません。その時、その先生も友だちも、もう傍にはいないかもしれません。御恩返しは、できないかもしれません。その時は、目の前の人に同じことをしてあげましょうよ。そうやって、ここで学ばせていただいたことは、回り回っていくのではないでしょうか……」

 節はつけなかったが、あらん限りの抑揚をつけて、自分に言い聞かせるようにそう言った。

 私はことに「食べること」において、多くの人の世話になってきた。今でも直接間接を問わず、様々な人のおかげで毎日の食事にありつけていることに変わりはない。

 ただ二十歳前後の、空腹の絶頂期に胃袋を満たしてもらった時の思い出には、いくつか忘れられないものがある。

 当時、私はスペインでギターの修業生活を送っていた。

 スペインは、最近では日本を追い抜くほどの長寿国となったと聞くが、彼の国の市場をぶらりと歩いてみれば、それは誰でも首肯できることと思う。

 地中海の太陽の恩恵だろうか、野菜も果物もムッチムチで、はち切れんばかりのエネルギーを蓄えたそれらは、色とりどりの表皮を打ち破って今にも外に飛び出してきそうな充溢ぶりだ。

 海産物も実に豊富で、陳列ケースのレギュラーメンバーの中にはタコもイカもいる。

 地中海周辺国の食文化の豊かであることは、そうした食材の豊かさばかりではない。それらが食卓の皿に載るまでの過程も、そうなのだ。