すずめ踊りを見ようとや

「すずめのさえずり」 第十四回

 前座のときから、師匠である先代志ん橋が座員だったこともあり、毎年住吉踊りに配属されていたが、当時はとにかくしんどかった。

 何しろいつもより1時間早く始まる上、出演者の数も段違いに多い。1年目は、ただひたすら師匠方の着物をたたみ続けていたように思う。上の方の前座になってからも、踊りの際の太鼓のきっかけやら何やら、通常興行にはないイレギュラーが多数あり、毎年住吉明けの8月21日には発熱してぶっ倒れていたものだ。

 しかし喉元過ぎればなんとやら、二ツ目に昇進すると、その頃師匠はすでに引退していたが、すぐに住吉踊りへの加入を願い出た。

 噺家の8月がヒマであることに感づいていたのか……いや、それにしてもここまでヒマであるなどとは、休みのない前座時代には想像もつかないことであるからそれはあるまい。芸の幅を拡げようという殊勝な心がけが、当時はあったということだろう。

 踊りを指導してくださるのは、立花家橘之助師匠である。初めての稽古のとき、まず師匠に聞かれた。

 「踊り、やったことあるの?」
 「あのー、劇団の養成所にいたときに、うちの師匠にかっぽれを教わりました」
 「うん。はい。それは全部忘れよう」

 こうして始まった住吉ライフ。始めのうちは「こんなに芯のない体も珍しい」などのお言葉をいただいていたが、橘之助師匠の御指導が宜しきを得たものか、近年は難しめの踊りにも挑戦させていただけるようになった。

 ありがたいことである。