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ニッポンの祭りを呑む

「二藍の文箱」 第17回

 それから数年。わたしの真打披露があったり、イマイズミさんのお父さんが亡くなったり、石岡の祭りに伺わない年が何年か続いたそのうちに、あの悪疫が日本どころか世界に流行し、石岡の祭りからもすっかり足が遠のいた。

 そんな悪疫禍も鎮まりつつあった2022年。水戸の先の勝田の自治会の敬老会にお声がけいただいたものの、何度目かの悪疫流行で中止。それでも、ありがたいことに翌23年もお声がけがあった。

 7時過ぎ、品川を発つ特急のシートに身をしずめる。

 常磐線は土浦に近づくにつれ、旅情を色濃くしてゆく。だんだんと近づく筑波山や千代田アルプスと呼ばれるその山並み。季節は9月、稔り田もあれば早くも刈田も見えてくるそのなかに、蓮田が見られるのも常陸路のたのしみだ。

 “次は石岡。”

 そのアナウンスに、懐かしいなと車窓に目をやると、8時過ぎの石岡の駅前は祭りの支度の真っ最中。ああ、そうか、9月の敬老の日の連休が石岡の祭りだったか、と、ついイマイズミさんの名前を連絡帳に探して連絡してみる。

 11時過ぎには終わる敬老会で勝田へ行くのですが、帰る時間あたりでイマイズミさん、石岡にいらっしゃいますか?

 藝人にとって図々しさは、悪いことばかりではない。こうして8年ぶりに石岡の街とイマイズミ家を訪ねて、仏壇のお父さんにお線香をあげることができたのが、3年前のことだ。

 一昨年は、わたしと石岡との縁を繋げてくれた石岡消防署の、羽田の幼馴染も一緒に世話になった。

 なにしろ、イマイズミさんのお母さんの手料理がいい。

 羽田の祭りには蝦蛄(しゃこ)を煮たものが膳にあがるが、石岡の祭りには霞ヶ浦の川海老の天ぷらがつきものだそうだ。羽田の友人といただきながら「これ、羽田のぼさ天だ!」と同時に叫んだ。やはり羽田でも、ぼさ漁という漁で獲れた川海老を「ぼさ海老」と呼び、天ぷらにする。

 「田舎はさ、天つゆじゃなくて醤油なんだけど、司さんもそれでいい?」

 いいどころか、郷に入ればというやつで、そういう食べ方が、また、いいのだ。