NEW

〈書評〉 ゾンビ回収婦 (小砂川チト 著)

「“本”日は晴天なり ~めくるめく日々」 第17回

創作者の嫉妬と絶叫

 でも、この動画も3年前。

 AIの進化は凄まじい。小説の世界では、AIで書いた小説が賞を受賞したなんてニュースもあった。そのうち、日常的にAIに頼って新作落語を作る落語家が出てくるだろう。

 というか、わざわざ言わないだけで、今も使っている人はいるかもしれない。

 別にいい。いいというか、仕方ない。昔の創作者はパソコンが登場し、「何でもかんでもネットで調べやがって! 本屋回れ! 現地まで行って取材せぇ! ググるな!」と言っていたに違いない。時代が進み、現在、新たな状況で同じようなことを言っているだけかもしれない。

 でも、『調べる』と『創作する』は根本的に違う話だとも思う。

 私は“若手の皮をかぶった中年”なので、やはりお笑いを作ることに対する考え方が古い。何かに頼らず、自分自身と向き合って試行錯誤するべきだ。生みの苦しみは付き物じゃないか。だから、どうしてもこう思ってしまう。

 「AIに頼って作った噺で、同じように『新作落語、作ってます』みたいな顔しないでくれ!」

 新作落語でスベった時の、人格否定されたような感覚を味わいもせず、スベったらAIのせいにするくせに。そのくせ、ウケたら「まぁね~」みたいな、俺すごいっしょみたいな顔するんやろ!

 キーーーーーーーーーーーーーーー!!

 何も浮かばない日を、何日も、何日も、何日も繰り返して、昔、作ってほとんどやってないネタを「もうあの時のお客さんも来てないし、焼き直ししてもバレへんやろ」という誘惑に耳をふさぎ、本番ギリギリに絞り出すように作った新作がウケた時の喜びも、スベった時の絶望も知らないまま、AIの補助を受けた“感情の振り幅の狭い快感”を味わっとけ! お前みたいな奴は!!

 ――いや待てよ、そいつ誰だ?

 感情が昂って、back number(バック・ナンバー)の『高嶺の花子さん』の歌詞みたいになってしまった。