〈書評〉 演芸写真家 (橘蓮二 著)
「芸人本書く派列伝 オルタナティブ」 第5回
- 落語
- 講談
- Books
杉江 松恋
2025/09/19
美しき歳月を切り取る『演芸写真家』の世界
そういえば、この写真も蓮二さんが撮ったんだっけ。
『演芸写真家』(小学館)は橘蓮二の最新著書である。題名がすべてを物語っている。これまでカメラを向けてきた多くの演芸人たち、無数の写真の中から厳選して構成された内容で、各章に文章が添えられている。
152ページに掲載されているのは、人間国宝・神田松鯉のバストアップだ。近影として多く用いられているので、この写真で松鯉を認識している人もいるはずである。「美しき歳月の年輪」という短い文章が添えられている。曰く、松鯉の「奥深い声音には、重ねてきた歳月という美しい皺が刻まれて」おり、「儚く個々の速度で消滅していく人生の孤独にも、豊潤な世界が確かに存在していることを教えてくれる」。講談とは、人の時間と歴史を語る芸である。
巻頭近く、人物ではなく一枚の貼り紙写真が挿入されている。こう書かれている。「お知らせ 鈴本演芸場社長の御紹介で、写真家の橘蓮二氏が撮影の為当分の間鈴本楽屋に出入りなさいます。御出演の皆様には、何かと御迷惑をおかけすることと存じますが、よろしくお願い申し上げます。平成七年四月二十日 社団法人落語協会事務局」。ここから演芸写真家としての人生が始まった。「初めて楽屋貼りを見た時は、文面にある“当分の間”が30年を超えることになるとは想像もしていなかった」と橘は書く。
重要な物の写真がもう一つある。鈴本演芸場の楽屋に置かれた大きな座卓だ。その座卓につけるのは誰もが認める大看板だけだ。ことに上座にあたる座椅子には、三十年間で四人しか腰を下ろしたところを見たことがないという。五代目柳家小さん、三代目三遊亭圓歌、四代目三遊亭金馬、橘によれば一度だけ古今亭志ん朝。楽屋に入って写真を撮るという行為は、演芸を成り立たせている見えない秩序と、それによって積み重ねられてきた歴史に身近で触れるということと同義である。
個人的な話になるが、一度だけ取材の仕事で新宿末廣亭の楽屋に入ったことがあり、そこにでんと据えられた大きな火鉢を見たときには、やはりその歴史の重みを感じた。演芸は伝統のみで動いていくものではないが、冒してはならない領域というものもやはり存在する。そうしたものの象徴として鈴本の座卓があり、末廣の火鉢がある。そうしたものに触れて感じ取ったものを橘は自らの写真に籠め、観る者にも分けあたえようとする。
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