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〈書評〉 新宿末広亭 令和の定点観測 (長井好弘 著)

「“本”日は晴天なり ~めくるめく日々」 第13回

人望が育む景色

 寄席は十日間を一芝居とし、協会が替わる。十月中席は落語芸術協会の芝居、夜の部の主任は三遊亭遊喜師匠。

 遊喜師匠は、後輩からの人望が厚い。楽屋入りする際に『前座は人にあらず』なんていう言葉を教わったが、遊喜師匠は真打にもかかわらず前座も人として接してくださった。

 私が楽屋入りし、初めて飲みに誘ってもらった真打も遊喜師匠だ。

 浅草演芸ホールの夜席終わり、見習い期間だった私は、一番最後に寄席を出て田原町の駅に向かって歩いていた。その途中、寄席から出てくる前座を待ち構えるように満面の笑みの遊喜師匠が立ちはだかっていた。

 「お疲れさまです!」
 「おう! お前、見習いだっけ?」
 「見習いです!」
 「まぁいいや! 飲み行こうぜ!」
 「え? ……あ、ありがとうございます!」

 正前座になる前の見習いは飲みに誘われることはないと聞いていたので、戸惑ってしまったことまで覚えている。遊喜師匠の向こう側には、先に寄席を出た前座の兄さん方が駅に向かっている姿が見えた。駅に向かう前座みんなに声をかけ、断られ、とうとう見習いにまで手を出したのだ。

 人望も厚くなりすぎると、平気で断られるようになるらしい。

 遊喜師匠主任の寄席の客席には、『遊喜村民』と書かれた団扇を持ったお客様がいらっしゃる。

 遊喜師匠は、ここ数年一日も欠かさず『ラジオトーク』という配信アプリで生配信を続けている。その配信を聴いているリスナーを「遊喜村の村民」と呼ぶ。

 これは村民の方に聞いた話。遊喜師匠は酔っ払って生配信を始め、途中で眠ってしまった。その後、村民は携帯から流れ続ける遊喜師匠の『いびき』をただただ聴き続けたそうな。配信で流れる自分のいびきを聴き続けてくれる人がいる。

 遊喜師匠の人望たるや恐ろしい。