“お前の人生、なんぼのもんじゃい”から始まる講演録
「噺家渡世の余生な噺」 第5回
- 落語
柳家 小志ん
2025/09/14
2019年、真打昇進の節目。祝宴のあと、少しお疲れの師匠・さん喬と並んで
一、人生を語る若造への違和感
自分が三十歳も年下の若者の噺を真正面から聞けるだろうか――。そう問われたら、私は首を横に振る。
いや、もっと率直に言おう。還暦を超えた方々が、親子ほど年の離れた若造の「人生論」など、どれほど真面目に耳を傾けるものか。昭和という激動の時代を走り抜けたシルバー世代の胸に、果たして若造の人生噺が響くだろうか。
今の私でも、おそらく心のどこかでこう叫んでいる――「お前の人生が、なんぼのもんじゃい」と。
その斜に構える思考の原型は、少年時代にはもう芽を出していた。音楽の授業で歌わされた童謡「森のくまさん」。熊が貝殻でできたイヤリングを拾い届けたところ、お嬢さんは「お礼に歌を歌いましょう」とくる。
毎度、私は心の中でこう思っていた。――「よくもまあ、自分の歌で喜んでもらえると思えたな」と。むしろ、その自信が羨ましくさえあった。
「グリーングリーン」では、ある日、父と二人で“この世に生きる喜びと悲しみ”を語り合ったという。そんな依存的な親子関係など、想像するだけで身の毛がよだった。それを教師がピアノで伴奏し、それを囲んで級友たちが笑顔で声を揃え、妙な高揚感に包まれている。
私は、その光景を俯瞰するように眺め、ぞっとしていた。あの熱狂の輪の中で、私だけが居場所を与えられず、ただ取り残されている。そんな孤独感が、胸の底にじわりと広がっていった。
中学に上がって、シューベルトの「魔王※」に出会った。初めて“大人の現実”に触れた気がして、妙に安堵したのを覚えている。ある者がパンクロックに胸を撃ち抜かれるのなら、私にとっては間違いなく、この「魔王」だった。
あれは、素人合唱団が「心を込めて歌いました」と胸を張る種類の音楽ではない。努力を積み重ねれば、誰もが辿り着ける領域でもない。生まれながらの環境と才能に恵まれた者だけが、冷酷なまでに独唱として響かせられる場所――そういう舞台の音楽だ。
その才能を背負った者が表舞台に立ち、常人に対しては「努力や祈りが必ず報われる」と信じたい人間の甘さを、容赦なく切り裂いてくる。
「森のくまさん」や「グリーングリーン」のように、辛酸の後に必ず明るい未来が待っている、などと無邪気に期待させたりはしない。結末は死――この単純にして残酷な現実を、「魔王」は突きつけてきたのだ。
――この「魔王」が、これまで私の中で燻っていた違和感を、そっと掬い上げてくれたような気がした。
※魔王……幻想と現実が交錯する、死と恐怖を描いた物語。夜の嵐の中、父は病に苦しむ息子を抱き、馬を走らせる。息子は魔王の声と姿に怯え、「お父さん、魔王が僕を誘ってくる」と訴えるが、父は「霧だ」「風の音だ」と否定する。魔王は甘く囁き続け、息子の恐怖は次第に激しさを増す。父は必死に馬を急がせ、ようやく目的地に着いたとき、息子は父の腕の中で息絶えていた。
二、団塊と定年と地域デビュー
二ツ目に昇進したのは、2008年(平成20年)。前座時代に巻き起こった、空前の落語ブームの余韻が残っていた。地方の自治体や公民館、さらには高齢者大学などで「講話 + 落語一席」の依頼が相次いだ。
定番テーマの三本柱は、「笑いと健康」「詐欺被害」「人権」。これは時代を問わぬ鉄板だ。それ以外に当時多かったのが「定年後の地域デビュー」。
背景にあったのは、「2007年問題」――団塊の世代が一斉に定年を迎える時代だった。企業戦士として働き尽くした人たちが、地域社会の中で“もう一度、何者かになる”ための処方箋を求めていた。
そしてそれは、次第に「生きがい作り」というキーワードへと進化し、さらに「終活」へと枝を伸ばしていった。老いと向き合う中で、“どう終わるか”という問いが、“どう生きるか”に取って代わったのだ。
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