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一途に講談を生きる 田辺いちか(後編)

「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第43回

受け継がれる奇跡と責任

いちか はい(笑)。それに講談って、時間が必要なんだなと思っているところです。今、講談が面白いのは、諸先輩方が話に真摯に取り組んできた証なんですよね。だから私も、時間がかかっても、しっかりと取り組んでいきたいと思っています。

いちか その気持ち、ものすごくわかります! 早く披露目が終わらないかなとも思ってしまいます(笑)。

いちか 銭湯に行くことです。2~3ヵ所くらいのところに通いつつ、私は頭を洗いながら稽古ができるので、ブツブツと。湯船の中でもブツブツと(笑)。

いちか どんな人なんだろうな~。危なっかしい人だと思います(笑)。思い込みが激しいというか、火が着いてしまうとブワーッと走り出してしまうところがあって、その点が高座にいい影響を与えてもいると仰っていただくことはあるのですが、今回、披露目を前に、火が着いたところで先輩方に相談すると、温かく助言をいただけたりする。

 きっと先輩方は、私よりも私のことをご存じでいてくださるので「そっち行くと危ないよ」と仰っていただけるから、やっぱり芸人の世界っていうのは、こうやって育てていただけるんだなあと。だからといって、過干渉はされないんですが、いろいろと教えていただけるのは、愛だなあと思っています。

 演劇の世界では、無名の新人がいきなり舞台に上がることはまずあり得ない。けれど伝統話芸の世界は、入りたての前座の拙い読みでも、お客様は10分、15分じっと聴いてくださる。ありがたい。奇跡です。でもそれは講談という芸が連綿と伝わってきている上にあって、だから新人の高座でもお客様は温かく聴いてくれる。自分一人の力でなく、講談界の連綿と続く歴史の流れの中で育ててもらっている。その流れの中にいるからこその奇跡だと思っています。

 そしてその奇跡は、今度は次の人たちに渡していかなくてはならないし、渡す財産を目減りさせてはいけない。貰ったものを目減りさせて次世代に渡すことほど、カッコ悪いことはないと思っています。