ドンといけ美馬 (後編)
鈴々舎馬風一門 入門物語 第2回
- 落語
鈴々舎 美馬
2025/05/02
失敗を繰り返す前座の日々
翌年7月21日、楽屋入りが決まった。師匠が出演される鈴本演芸場が初めての寄席の楽屋仕事となり、その2日後に初高座を迎えた。初高座は『金明竹』をかけた。私の高座を袖で聞いていてくださっていた師匠が高座を終えると、お言葉をくださった。「お前は、間がねえんだ」「間が大事だ」。
こんな私の高座を師匠が聞いてくださり、お言葉をいただけたことがもの凄く嬉しかった。その日から高座の度に、緊張で焦ってしまう時は「お前は間がねえんだ」「間が大事だ」と師匠のお言葉を思い出すようにしている。
正直、楽屋仕事は、少なくとも一応社会人経験のある自分なら慣れたら楽勝だと思っていた。ところが師匠方へのお茶出し、着付け、着物の畳み、高座まわり諸々、いつまで経っても慣れなかった。元々のそそっかしさと内向的な性格は、怖いお爺さんたちとの相性が最悪で、毎日のように失敗しては怒られ、凹んで、もっと怖がるから、さらに失敗して……の繰り返しだった。十円ハゲを必死で隠しながらの前座修行になった。
それでも私の師匠は、落語協会最高顧問、鈴々舎馬風である。他の前座がしないようなしくじりを沢山したが、最悪の事態にならず何とかやってこれたのは、この後ろ盾が本当に大きかったと思う。

落語の神様のような優しい師匠
学生の頃、寄席で初めて見た師匠鈴々舎馬風は、高座に上がると一瞬で空気を変え、声はお祭りの大太鼓のようにドーンと重厚な振動が胸に響き、圧倒的なオーラと笑いで一瞬にして魅了された。あの寄席で見た師匠に、自分が着付けをするなんて当時は想像もしていなかった。
師匠は楽屋では皆から畏れられているので、普段は上の香盤の前座しか師匠の着付けにつけない。でも私は弟子だからと、すぐに師匠の着付けにつかせてもらえることになった。先輩前座の兄さんに見守られながら、師匠の背中に後ろから着物をかける。震える手で着物の襟を持ち、師匠の肩に着物をかけようとしたが失敗した。師匠は体格が良いので、小さい私は師匠の肩に着物が届かなかったのだ。その瞬間、空気が凍り付いたのが分かった。
師匠がドスの利いた声で「おい、着付け誰だ?」。恐怖でとっさに声が出なかった私に代わり、兄さんが「美馬です」と答えると、「……そうか」と許してくださる師匠の言葉に、なんとも申し訳ない気持ちになった。大きな声で「申し訳ございません」と謝り、もう一度。今度は師匠の肩に届けと念じながら何とか初の着付けを行ったのを何とか記憶している。
実際に他の方々よりも私に甘く優しい師匠だが、怒られることももちろん多々あった。それでも出番終わり、寄席の前でタクシーに乗る師匠をお見送りすると、いつも窓を開けて明るく「おう、じゃあな」と言ってくださる。
どんなに楽屋で怒られても、帰りには何もなかったかのように、明るく「ありがとね!」と言ってくださるのが嬉しかった。へこたれそうになっても、その度に「明日は絶対、今日より良くなろう」「師匠に気持ちよく高座に上がっていただけるように働こう」という思いで前座時代を努めていた。
そんな師匠は、「誰よりも目の前の人を楽しませよう、喜ばせよう」とされている方だと思っている。楽屋でも最高顧問でいらっしゃる師匠を前に、他の師匠方も気を遣われる中で、ちょっと皆を笑わせようと、わざとふざけて場の空気を和ませてくださったりする。また、誰よりも寄席を大事にされていているのが、経験の浅い前座の私が見ていてもよく分かった。
私は、そんな落語の神様のような師匠のお姿を傍で拝見させていただけるのをいつも本当に幸せに思っていた。
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