旅路はすべて酒のなか
「二藍の文箱」 第2回
- 落語
三遊亭 司
2025/07/01
ひとしおじちゃんと10円玉と
日本の列車は山間を行くために、様々な工夫がなされたと聞く。いわゆる「鉄」ではないが、それくらいは知っている。あずさ号には「空気ばね式車体傾斜」が採用されており、カーブ入線時の安全性、安定性への技術力の高さは、やはり中央に山並を擁する狭い列島ならではだろう。
右へ左へ、時に隧道(すいどう)をくぐり、乗車から約2時間。左側の車窓には諏訪湖が見えてくる。きょうは富山まで約6時間列車に揺られるだけなので、極々気ままだ。白馬、南小谷、糸魚川、泊、四度の乗り換えも同一ホーム。ただし、乗り換え時間2分の大糸線からの糸魚川で、自販機でどうしても麦茶を買いたいわたしを、運転手さんが「おい、間に合うんだろうな」と心配そうな顔で見ていた。
南小谷から糸魚川までは、大糸線。姫川を挟んで車が通る洞門がいくつもあり、その横を大糸線も行く。雪解けの水であろうか、水嵩増した姫川が目に涼やか。
やがて、日本海に出る。
途中に通る越中宮崎は、鱈汁(たらじる)が名物だ。子どものころ、母の兄、ひとしおじちゃんが夜通し運転する車で富山に来たことがある。朝6時からやっている海辺の食堂で食べた鱈汁の旨かったこと。その食堂の公衆電話から母に電話をかける時、ひっきりなしに10円玉をつぎ込んでいた記憶と対になっている。それは、男はつらいよの寅さんが、とらやに電話をする光景そのものだ。「お兄ちゃん、いまどこにいるの」と、さくらならぬ、わたしの母も訊いたであろう。
車窓から立山連峰を見ていたが、富山駅まであとわずか、滑川駅を前に席を移す。
駅を過ぎたあたりに、母方の実家の墓がある。車窓から5階建ての滑川市役所(と、思い込んでいた建物は市民交流プラザだった)を探して、そこから目を落とせば、そのあたりが墓地の見当なのだが……と見ていると、墓は見えないまでも、墓地を囲う黄色い柵が目に留まる。海と生家に近いその墓で、ひとしおじちゃんも眠っている。
何年か前に墓参したおり、おじちゃんの好きだった富山の地酒『立山』をお供えした。地酒が豊富な北陸にあって、親しまれている酒である。いまの墓参は味気ない。お供えは持ち帰りましょう、と。近所でもないし、誰かの迷惑にもなれないので、素直に持ち帰る。すると、四合瓶の『立山』が手から滑り落ちて、墓石の前で見事に割れたことがあった。
今夜は、そんなおじちゃんの代わりに『立山』を飲む。

いま読まれています!
シリーズ「思い出の味」 第23回
カレーのような草枕
~自由でゆるくて、どこか芯がある。かつて新宿にあった名店の終焉を描く、愛おしい物語
田辺 一記
2026/04/21
シリーズ「思い出の味」 第22回
亡き父の味と、鰻に導かれる名人の味
~人生と落語と鰻の不思議なご縁
三遊亭 あら馬
2026/04/20
「令和らくご改造計画」
第九話 「地獄のモーニングコール」
~落語家は寝すぎ? 働かなすぎ? 前座が仕掛ける“狂気の作戦”とは!?
三遊亭 ごはんつぶ
2026/04/12
シリーズ「思い出の味」 第6回
茶色いうどん
~自分の未来を見つめる8歳の少年
三遊亭 ごはんつぶ
2025/06/25
「芸人本書く派列伝 オルタナティブ」 第12回
〈書評〉 愛し、愛され。 (毒蝮三太夫・玉袋筋太郎 著)
~盟友の証言から浮かび上がる談志師匠の毒の裏に潜むユーモアと知性
杉江 松恋
2026/04/18
シリーズ「思い出の味」 第21回
レンズ豆のスープ
~若き日、スペインでの空腹、フラメンコギター、そして人の優しさ
天中軒 景友
2026/04/17
「芸人本書く派列伝 オルタナティブ」 第11回
〈書評〉 サライ 2026年4月号 (大特集:落語 講談 浪曲 サライの「演芸」 令和の名人)
~人間国宝の鼎談から若手の最前線まで網羅した豪華特集。読むほどに、もっと聴きたくなる!
杉江 松恋
2026/03/19
「二藍の文箱」 第10回
かたばみ日記 ~初主任の十日間
~高座と人生が交差する、濃密で温かい日々の舞台裏
三遊亭 司
2026/03/02
「コソメキネマ」 第二回
チンドン屋人生
~チンドンの音がスクリーンで流れる『マダムと女房』をご紹介!
港家 小そめ
2025/06/12
「令和らくご改造計画」
第八話 「酔っ払いにSNSを」
~芸人のSNSは、なぜ自由すぎるのか?
三遊亭 ごはんつぶ
2026/03/12
「くだらな観音菩薩」 第12回
日光菩薩と月光菩薩
~怒りと笑いを行き来しながら、菩薩様のような優しさに辿り着くエッセイ
林家 きく麿
2026/04/16
シリーズ「思い出の味」 第22回
亡き父の味と、鰻に導かれる名人の味
~人生と落語と鰻の不思議なご縁
三遊亭 あら馬
2026/04/20
「お恐れながら申し上げます」 第8回
三櫂屋というお店
~仕込み、接客、失敗、反省、すべてが詰まった、扇太さんのリアルな青春バイト譚
入船亭 扇太
2026/04/15
シリーズ「思い出の味」 第21回
レンズ豆のスープ
~若き日、スペインでの空腹、フラメンコギター、そして人の優しさ
天中軒 景友
2026/04/17
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第9回
優雅な航海中の後悔を公開
~“憧れの仕事”から繋がる伏線が鮮やかな船旅エッセイ!!!
桂 三四郎
2026/04/13
シリーズ「思い出の味」 第23回
カレーのような草枕
~自由でゆるくて、どこか芯がある。かつて新宿にあった名店の終焉を描く、愛おしい物語
田辺 一記
2026/04/21
「噺家渡世の余生な噺」 第12回
教える者が、教えられた日
~生徒を裏切った、最後の授業。教える者の責任と弱さを綴る、苦くも温かなエッセイ
柳家 小志ん
2026/04/14
「芸人本書く派列伝 オルタナティブ」 第12回
〈書評〉 愛し、愛され。 (毒蝮三太夫・玉袋筋太郎 著)
~盟友の証言から浮かび上がる談志師匠の毒の裏に潜むユーモアと知性
杉江 松恋
2026/04/18
シリーズ「思い出の味」 第8回
理想のパスタ
~カッペリーニ、芝生を添えて
三遊亭 萬都
2025/07/15
「令和らくご改造計画」
第九話 「地獄のモーニングコール」
~落語家は寝すぎ? 働かなすぎ? 前座が仕掛ける“狂気の作戦”とは!?
三遊亭 ごはんつぶ
2026/04/12
「浪曲案内 連続読み」 第10回
新釈浪曲忠臣蔵 ~202X年赤穂の旅
~忠臣蔵は難しい? そんな先入観を覆す浪曲コラム
東家 一太郎
2026/03/24
「令和らくご改造計画」
第九話 「地獄のモーニングコール」
~落語家は寝すぎ? 働かなすぎ? 前座が仕掛ける“狂気の作戦”とは!?
三遊亭 ごはんつぶ
2026/04/12
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第9回
優雅な航海中の後悔を公開
~“憧れの仕事”から繋がる伏線が鮮やかな船旅エッセイ!!!
桂 三四郎
2026/04/13
「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第31回
映像思考で編む、新世代講談 田辺一記(前編)
~魅力と素顔に迫るインタビュー
瀧口 雅仁
2026/03/28
「くだらな観音菩薩」 第12回
日光菩薩と月光菩薩
~怒りと笑いを行き来しながら、菩薩様のような優しさに辿り着くエッセイ
林家 きく麿
2026/04/16
「宇宙まで届け! 圧倒的お転婆日記」 第12回
お転婆が過ぎると命を落とすこともある
~転んでも前に進む浪曲師の軽やかで楽しい芸人日記!
東家 千春
2026/04/03
「座布団の片隅から」 第12回
地獄
~春風亭㐂いち兄さん、柳家小はだ兄さん、三遊亭歌彦さんと僕でスキーに行ってきたのだが…
三遊亭 好二郎
2026/04/07
「エッセイ的な何か」 第10回
3月8日は、餃子の日 →無茶苦茶、食う男の偉業
~柳亭痴楽師匠と名古屋『百老亭』の思い出
三笑亭 夢丸
2026/03/23
月刊「シン・道楽亭コラム」 第12回
一粒の麦 ~世界に広がれ、落語の輪 in 名古屋!
~名古屋の演芸文化を支える多彩な人たちの静かな情熱とリアルな声を追ったコラム
シン・道楽亭
2026/04/10
「講談最前線」 第16回
2026年4月の最前線 【前編】 (講談協会が一般社団法人として始動へ)
~講談はいつも面白く、そして新しい
瀧口 雅仁
2026/04/11
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第9回
優雅な航海中の後悔を公開
~“憧れの仕事”から繋がる伏線が鮮やかな船旅エッセイ!!!
桂 三四郎
2026/04/13
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第5回
落語家の夢
~俺の目は、まだ濁っていない!!!
桂 三四郎
2025/11/27
「艶やかな不安の光沢」 第1回
謂れなきものたちの飛躍
~年始からとちってしまった芸人の胸のうち
林家 彦三
2026/02/12
「令和らくご改造計画」
第六話 「若手人気落語家殺人事件 【事件編】」
~古典派と新作派の溝!?
三遊亭 ごはんつぶ
2026/01/12
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第6回
運と皆様のおかげです
~人間は弱い生き物です
桂 三四郎
2026/01/01
「令和らくご改造計画」
第四話 「初心者よ永遠なれ」
~AIが落語を演じる時、それでも人は笑えるのか?
三遊亭 ごはんつぶ
2025/11/12
シリーズ「思い出の味」 第19回
雪のココア
~内弟子時代に憧れた甘い味
柳家 わさび
2026/01/13
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第8回
微笑みながら中指を
~笑えて震える、ご近所交流録! マトリックスばあさん、降臨!!
桂 三四郎
2026/02/25
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第7回
世間せまないか?
~落語家を多数輩出する片田舎、神戸の垂水
桂 三四郎
2026/02/01
「令和らくご改造計画」
第五話 「ヨセジャック事件」
~落語家にとってのマクラとは何か?
三遊亭 ごはんつぶ
2025/12/12
編集部のオススメ
「浪曲案内 連続読み」 第10回
新釈浪曲忠臣蔵 ~202X年赤穂の旅
~忠臣蔵は難しい? そんな先入観を覆す浪曲コラム
東家 一太郎
2026/03/24
「芸人本書く派列伝 オルタナティブ」 第11回
〈書評〉 サライ 2026年4月号 (大特集:落語 講談 浪曲 サライの「演芸」 令和の名人)
~人間国宝の鼎談から若手の最前線まで網羅した豪華特集。読むほどに、もっと聴きたくなる!
杉江 松恋
2026/03/19
「噺家渡世の余生な噺」 第11回
手紙 ~拝啓、四十八の君へ~
~来てくださった人の顔を忘れるな。 自分のために頭を下げてくださった人の姿を忘れるな
柳家 小志ん
2026/03/14
「令和らくご改造計画」
第八話 「酔っ払いにSNSを」
~芸人のSNSは、なぜ自由すぎるのか?
三遊亭 ごはんつぶ
2026/03/12
「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第27回
古今東西を自在に読む講釈師 松林伯知(前編)
~魅力と素顔に迫るインタビュー
瀧口 雅仁
2026/03/12
月刊「シン・道楽亭コラム」 第11回
シン・道楽亭Webサイトリニューアル! ほぼほぼAIで作ってみた話
~どんな思いで運営しているのか、どんな場所として受け入れられたいのかをお伝えしたい
シン・道楽亭
2026/03/10
月刊「浪曲つれづれ」 第11回
2026年3月のつれづれ(玉川太福の受賞、玉川奈々福の徹底天保水滸伝、『深夜食堂』&『陰陽師』の浪曲化)
~スターの活躍と新しい挑戦が交差する、いまの浪曲界をご紹介
杉江 松恋
2026/03/09
「二藍の文箱」 第10回
かたばみ日記 ~初主任の十日間
~高座と人生が交差する、濃密で温かい日々の舞台裏
三遊亭 司
2026/03/02
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第8回
微笑みながら中指を
~笑えて震える、ご近所交流録! マトリックスばあさん、降臨!!
桂 三四郎
2026/02/25
掲載記事300本記念
〈掲載記事300本記念〉 柳家さん喬師匠 スペシャルインタビュー【前編】
~小さん師匠の「おめでとう」から始まる新しい年
話楽生Web 編集部
2026/01/25