水茄子とジンジャーエール
シリーズ「思い出の味」 第15回
- 落語
林家 彦三
2025/11/25
落語と詩。そんなことを言うと、また馬鹿にされるのはわかっている。それでも誰が読むのかわからないことにかまけて思い切って書くが、これも私にとっては妙な取り合わせで、噺家として生きていると、稀に、妙に詩的めいたことを感じる瞬間があるのである。楽屋風景や、寄席裏、その余情。例えば『笠碁』で、「よくこれだけの水がある」と、架空の霖雨(りんう)を眺める、大師匠の目。折よく戸外では雨が降りだす、その音。それは粋とか、そういうものではない詩情で、先日、そういうものを集めて本を出したいとのだとある人に言ったら、鼻で笑われた。そんなことをやるよりお前は落語が下手なのだから稽古しろと言われ、もっともだとも思った。下手という批評は、よくいただく。罪のない会話の節々で。それは、いつまでも刺さる。そうでなくとも、このところの私はどうやらやぶれかぶれである。書きたいことがあるのは、たしかである。原稿の仕事もたまにいただいていたが、あるところからはあなたの書くことは難しいからわからないと、返却されたこともあった。もっと読みやすいエッセイをお願いしますと言われて、書き直した。漢字や文章が読みづらいとの苦情も、多々受け付けている。どうせ噺家なのだから、しょうがないとも思う。決めてしまったのである。噺家と物書き。この妙な取り合わせを、やっていくしかないのである。水茄子と、ジンジャーエール。
この取り合わせは、語感ほど良いものではなかった。どこか軋(きし)むような夏の歯応えの果肉を飲み込むには、辛口の生姜風味飲料ではどこか足りなかった。むしろそれらは同じ性質で、何遍往復を繰り返しても常に青臭さが残った。うまいと言えばうまいが、何かが、足りなかった。何かが足りないがゆえに、いつまでも口中に若い夏の名残りがあったと、そういえば乙というやつなのかもしれなかった。店主に礼を言って、私はその店を出た。その帰り際に、切る前の水茄子を見せてもらったが、それは丸々と膨れ上がって、立派なものであった。それから私はコーヒーチェーンに入り、落語をさらった。このところ私は、過去に座礁(ざしょう)していたメルヴィルの『白鯨(はくげい)』を再読中である。主人公が船出を待つ港町にて、「おぼつかない、というよりは不気味な闇夜、身を嚙むほどの寒くわびしい夜だった。この町に知人はいなかった。気が気でなく手を入れて懐をさぐってみると、ただ幾つかの銀貨が出てくるだけだった。(阿部知二 訳)」という一文に差し掛かかった時、私はその「身を嚙む」という表現とその旧字が、いかにもあの水茄子の食感に当たっていると思った。そしてこんな噺家の書く小文に世界文学の巨躯(きょく)を入れ込むというのはいかにも妙な取り合わせではないかと、またそんなことを思いながら、私はこの小文を書いている。ひどい、自己的満足である。だからだめなのである。

いま読まれています!
月刊「シン・道楽亭コラム」 第17回
演芸ファンがほしかったスマホアプリを作りました ――「ご贔屓手帖」ができるまで
~ファンの小さな困りごとから生まれたアプリの物語
シン・道楽亭
2026/09/09
「朝橘目線」 第17回
やれ打つな 俺が手をすり 家事もする
~故人には感謝し、生きてる人には人見知り。落語家の可笑しく温かな日常を綴るエッセイ
三遊亭 朝橘
2026/09/08
「座布団の片隅から」 第17回
好楽
~祝・傘寿! タフすぎる三遊亭好楽師匠の宴
三遊亭 好二郎
2026/09/07
「宇宙まで届け! 圧倒的お転婆日記」 第17回
ありがとう失言、待っているよ暴言
~宇宙一の美人浪曲師が綴る、愛おしすぎる芸人日記
東家 千春
2026/09/03
「艶やかな不安の光沢」 第4回
N氏の碑から浪江の海まで
~長崎の碧い海から、忘れられない故郷の海へ。喪失と希望のロードムービーのようなエッセイ
林家 彦三
2026/09/04
「古今亭佑輔とメタバースの世界」 第13回
第2回 リアルインスタンスレポート
~池袋演芸場で開催された、VRユーザーのための落語会の様子をお届け!
古今亭 佑輔
2026/09/05
「講談最前線」 第25回
2026年8月の最前線 【前編】 (神田鯉栄が帰って来た!)
~講談はいつも面白く、そして新しい
瀧口 雅仁
2026/08/24
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第12回
プロレタリアの街
~「絶対にここに戻ってきたらあかんで」そう言われた青年は22年後、落語家として帰ってきた。笑って最後にじんとくる実話エッセイ!!!
桂 三四郎
2026/08/10
「すずめのさえずり」 第十三回
夏
~小学生のみんな、夏休みの宿題は自分でやろうな!!
古今亭 志ん雀
2026/08/26
「かけはしのしゅんのはなし」 第15回
海水浴は、だいたい思い通りにいかない
~楽しいはずの家族旅行に、次々と試練が……
春風亭 かけ橋
2026/08/29
「宇宙まで届け! 圧倒的お転婆日記」 第17回
ありがとう失言、待っているよ暴言
~宇宙一の美人浪曲師が綴る、愛おしすぎる芸人日記
東家 千春
2026/09/03
「座布団の片隅から」 第17回
好楽
~祝・傘寿! タフすぎる三遊亭好楽師匠の宴
三遊亭 好二郎
2026/09/07
「艶やかな不安の光沢」 第4回
N氏の碑から浪江の海まで
~長崎の碧い海から、忘れられない故郷の海へ。喪失と希望のロードムービーのようなエッセイ
林家 彦三
2026/09/04
月刊「シン・道楽亭コラム」 第17回
演芸ファンがほしかったスマホアプリを作りました ――「ご贔屓手帖」ができるまで
~ファンの小さな困りごとから生まれたアプリの物語
シン・道楽亭
2026/09/09
「古今亭佑輔とメタバースの世界」 第13回
第2回 リアルインスタンスレポート
~池袋演芸場で開催された、VRユーザーのための落語会の様子をお届け!
古今亭 佑輔
2026/09/05
「朝橘目線」 第17回
やれ打つな 俺が手をすり 家事もする
~故人には感謝し、生きてる人には人見知り。落語家の可笑しく温かな日常を綴るエッセイ
三遊亭 朝橘
2026/09/08
「マクラになるかも知れない話」 第十三回
霊んメイカー2
~日常の些細なモヤモヤを、落語みたいに笑い飛ばしてくれる爽快エッセイ!?
三遊亭 萬都
2026/08/25
「オチ研究会 なぜこのサゲは受けるのか?」 第十七回
四段目、 そば清、 愛宕山
~初心者でも楽しめる、オチがもっと面白くなる落語入門
林家 はな平
2026/09/06
「講談最前線」 第25回
2026年8月の最前線 【前編】 (神田鯉栄が帰って来た!)
~講談はいつも面白く、そして新しい
瀧口 雅仁
2026/08/24
「二藍の文箱」 第16回
見えないものを見る
~広重の浮世絵と落語、過去と現在が静かにつながっていく
三遊亭 司
2026/09/02
「講談最前線」 第25回
2026年8月の最前線 【前編】 (神田鯉栄が帰って来た!)
~講談はいつも面白く、そして新しい
瀧口 雅仁
2026/08/24
「令和らくご改造計画」
第十三話 「誰のおかげで」
~最近の前座さんたちは、時々おかしい
三遊亭 ごはんつぶ
2026/08/13
「宇宙まで届け! 圧倒的お転婆日記」 第17回
ありがとう失言、待っているよ暴言
~宇宙一の美人浪曲師が綴る、愛おしすぎる芸人日記
東家 千春
2026/09/03
「テーマをもらえば考えます」 第13回
フロートの向こう側
~テーマのクリームソーダにちなんで、いろんなお酒でフロート、やります!?
三遊亭 天どん
2026/08/31
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第12回
プロレタリアの街
~「絶対にここに戻ってきたらあかんで」そう言われた青年は22年後、落語家として帰ってきた。笑って最後にじんとくる実話エッセイ!!!
桂 三四郎
2026/08/10
「座布団の片隅から」 第17回
好楽
~祝・傘寿! タフすぎる三遊亭好楽師匠の宴
三遊亭 好二郎
2026/09/07
「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第46回
情熱に出会い、魂を語る 神田紅(後編)
~魅力と素顔に迫るインタビュー
瀧口 雅仁
2026/08/11
「マクラになるかも知れない話」 第十三回
霊んメイカー2
~日常の些細なモヤモヤを、落語みたいに笑い飛ばしてくれる爽快エッセイ!?
三遊亭 萬都
2026/08/25
「ピン芸人・服部拓也のエンタメを抱きしめて」 第15回
揺れ動いた、30代最後・熊本での夏
~祭り、地震、再会、人の優しさ。この夏に見つめた、自分の笑いの原点とは?
服部 拓也
2026/08/28
「お恐れながら申し上げます」 第12回
落語好きの歯医者さんの話
~歯科医院の地下室に灯る落語の明かり
入船亭 扇太
2026/08/12
「くだらな観音菩薩」 第15回
阿弥陀如来
~同期であり、仲間であり、ライバルであり、親友だった蜃気楼龍玉師匠への想い。そのままの言葉、そのままの心
林家 きく麿
2026/07/16
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第10回
ああ…麗しの吉本興業……
~吉本興業を辞める話なのに、なぜこんなに爆笑してしまうのか!?
桂 三四郎
2026/05/12
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第9回
優雅な航海中の後悔を公開
~“憧れの仕事”から繋がる伏線が鮮やかな船旅エッセイ!!!
桂 三四郎
2026/04/13
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第11回
オシャレは落語家を変える
~バレたら破門の危険なオシャレ!?
桂 三四郎
2026/06/28
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第12回
プロレタリアの街
~「絶対にここに戻ってきたらあかんで」そう言われた青年は22年後、落語家として帰ってきた。笑って最後にじんとくる実話エッセイ!!!
桂 三四郎
2026/08/10
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第5回
落語家の夢
~俺の目は、まだ濁っていない!!!
桂 三四郎
2025/11/27
「令和らくご改造計画」
第四話 「初心者よ永遠なれ」
~AIが落語を演じる時、それでも人は笑えるのか?
三遊亭 ごはんつぶ
2025/11/12
「令和らくご改造計画」
第六話 「若手人気落語家殺人事件 【事件編】」
~古典派と新作派の溝!?
三遊亭 ごはんつぶ
2026/01/12
「艶やかな不安の光沢」 第1回
謂れなきものたちの飛躍
~年始からとちってしまった芸人の胸のうち
林家 彦三
2026/02/12
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第6回
運と皆様のおかげです
~人間は弱い生き物です
桂 三四郎
2026/01/01
編集部のオススメ
「講談最前線」 第25回
2026年8月の最前線 【前編】 (神田鯉栄が帰って来た!)
~講談はいつも面白く、そして新しい
瀧口 雅仁
2026/08/24
「令和らくご改造計画」
第十三話 「誰のおかげで」
~最近の前座さんたちは、時々おかしい
三遊亭 ごはんつぶ
2026/08/13
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第12回
プロレタリアの街
~「絶対にここに戻ってきたらあかんで」そう言われた青年は22年後、落語家として帰ってきた。笑って最後にじんとくる実話エッセイ!!!
桂 三四郎
2026/08/10
「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第44回
情熱に出会い、魂を語る 神田紅(前編)
~魅力と素顔に迫るインタビュー
瀧口 雅仁
2026/08/09
「座布団の片隅から」 第16回
別荘
~優雅な大人の夏休み……のはずだった。涼やかな高原の別荘での珍事件を綴る爆笑避暑日記!!
三遊亭 好二郎
2026/08/07
「宇宙まで届け! 圧倒的お転婆日記」 第16回
まだ満足にビールが飲めていない夏
~宇宙一の美人浪曲師が綴る、愛おしすぎる芸人日記
東家 千春
2026/08/03
「くだらな観音菩薩」 第15回
阿弥陀如来
~同期であり、仲間であり、ライバルであり、親友だった蜃気楼龍玉師匠への想い。そのままの言葉、そのままの心
林家 きく麿
2026/07/16
掲載記事300本記念
〈掲載記事300本記念〉 柳家さん喬師匠 スペシャルインタビュー【前編】
~小さん師匠の「おめでとう」から始まる新しい年
話楽生Web 編集部
2026/01/25